『東のエデン』『ピンポン』のアスミック・エース社長が語る劇場配給ビジネス(2/6 ページ)

» 2011年05月27日 14時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

映画配給ビジネスの醍醐味とリスク

モデレーターの櫻井孝昌氏

櫻井 映画配給ビジネスの醍醐味や、「こんなところが大変なんだよ」というリスクについて教えていただけますか。

豊島 人によっては映画を“コンテンツの王様”と呼ぶように、映画は関わる人数は多いですし、人数が多いということはコストが高くなりますし、コストが高いということは回収のリスクが高くなるということです。ただ、リスクが高い一方、当たった時に回収できる金額も大きいです。10億円単位でお金が動きますからね。それは10億円損する可能性もあることも意味するのですが、その辺の醍醐味はある仕事なのかな、と思っています。

 しかし、今の日本経済は決して良くないので、私たちも当然「ビジネスでリスクをどうミニマイズできるか」ということを常日頃考えています。その辺のリスクヘッジで、私たちがどんなことを考えて行動しているかといったこともお話しできればと思います。

櫻井 ちなみに、アスミック・エースが関わる映画の平均的な予算はいくらくらいですか?

豊島 ピンからキリまであるのですが、2010年にフジテレビと制作した『ノルウェイの森』(配給は東宝)の制作費は10億円以上です。一方、実写映画でも制作費が少ないものだと、5000万〜1億円で1本作ることもあります。つまり、5000万〜10億円以上という範囲になるのですが、平均では1億5000万〜3億円くらいという感じです。

櫻井 エンタテインメント業界で映画は、ゲームと並んで制作費がかかりますよね。

豊島 そうですね。ただ、ゲームの場合は今、日本市場だけでは制作費を回収できなくて、世界をマーケットにしないといけなくなっています。特にPS3やXbox 360などだと、かなりの人とお金を投じて作らないと商売になりにくいフォーマットになってしまっています。

 先ほど『ノルウェイの森』の制作費が10億円以上というお話をしましたが、ゲーム会社は『ノルウェイの森』以上の金額を投じて、世界を相手に勝負しているように思います。そういう意味では、私は映画業界に属しているのですが、「ゲーム業界はもっとダイナミックな仕事をされているな」と個人的には思っています。

『ピンポン』

櫻井 豊島さんが関わられた映画で、一番「こんなにもうかっちゃった」という映画は何ですか?

豊島 少し言いづらい部分もありますが(笑)、利益率が良かったという意味では『ピンポン』(2002年)ですね。

 『ピンポン』を公開した2002年ころ、邦画業界はかなりしんどくて、ハリウッド映画にやられていた状態でした。アスミック・エースとしては、「そこに何とか一石を投じたい」という気持ちがありました。ただ、アスミック・エースは映連に属さないインディペンデントな企業なので、「違うやり方で邦画に取り組みたい」と思いました。

 アスミック・エースでは『ピンポン』の前に、『雨あがる』(2000年)や『阿弥陀堂だより』(2002年)というシニア向けの映画を制作していました。しかし『ピンポン』は、邦画を見ないような若い子たちに「こんな邦画もあるんだ」と思わせたい、「洋画感覚で見られるような邦画を作りたい」という気持ちで作りました。

 制作費も宣伝費もそれほどかけられませんでしたが、「当時なかったような邦画を新しい形で世の中に送り出したい」という思いのもと、原作の松本大洋さん、卓球の映画なのにCGを多用した曽利文彦監督、ホットになりかけていた脚本の宮藤官九郎さんたちと制作したり、興行スタイルも今までとちょっと違ったやり方で行ったりしました。その結果、興行収入は14〜15億円に達し、当時伸び盛りだったDVDも売れましたし、制作パートナーのTBSにプライムタイムに放映していただいたりと、「本当に恵まれた作品だったな」と思っています。

 アスミック・エースでは1990年代に『トレインスポッティング』(1996年)という映画に関わったのですが、「『トレインスポッティング』みたいな邦画を作って、世に送り出そう」というのが合言葉でした。

2005年までは邦画より洋画の公開本数が多かった(出典:日本映画製作者連盟)

アニメは言葉や人種の壁を越える

櫻井 そんなインディペンデントの実写映画の雄であるアスミック・エースが劇場アニメに取り組み出した、というのは業界でも話題になったと思うのですが、なぜ劇場アニメに取り組まれたのでしょうか?

豊島 DVDビジネスの隆盛で、日本のジャパニメーションと呼ばれているコンテンツが「米国で商売になるぞ」と言われていたのが2000年代前半のことでした。今、ちょっとバブルは弾けてしまったのですが。

 私たちは『ピンポン』以降も実写映画を作り続けているのですが、アニメは実写映画と違い米国でも商売になりやすいんですね。日本人が日本語で喋っている映画は外国では商売になりにくいのですが、アニメに関しては言葉の壁や人種の壁を越えて商売になるということで、まずビジネス的な観点で魅力的な商材であるということがありました。

『茄子 アンダルシアの夏』

 そこでマッドハウス制作で、『茄子 アンダルシアの夏』(2003年)という46分の映画を夏休みに全国公開しました。今からすると、「よくやったなあ」と思います。東急チェーンの渋谷東急という映画館にお世話になって、スクリーン数は全国で120〜130くらいでした。

 当時は今と違ってまだ古いしきたりのようなものがあったのですが、東急チェーンでやるというのは業界的にはすごいことなんですね。46分という短い尺、スタジオジブリで宮崎駿さんの右腕として作画監督などを務めていた高坂希太郎さんの初監督作品というのを東急チェーンで無謀にも配給したというのが、アスミック・エースとして劇場アニメに本格的に取り組んだ初めての例だと思います。

 実は(ジブリ映画にも参加する)日本テレビにパートナーとして参加していただき、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーにも「ジブリっぽくなりますが、すみません」と仁義は切りました。結局、30万人くらいのお客さんに来ていただけたので良かったのかなと思います。

櫻井 今、少しお話に出ましたが、豊島さんは日本アニメの特徴と優位性はどんなところにあると思いますか?

豊島 私は今48歳なのですが、テレビアニメ『巨人の星』などを見て育ちました。特に40代前半以下の世代では、幼少のころからアニメを見て育ってきたと言っても過言ではないと思います。男女問わず、「アニメが嫌いだ」という子どもはそんなにいません。テレビを通してアニメが日本文化の一部になっている、極論を言えば、アニメが今の若い世代のみなさんの体の一部になっているということが、日本のアニメビジネスにおいて一番面白いところなのかなと思います。

 「新聞や本は読まないけど、アニメやコミックは好きだよ」という子は多いと思います。アニメが好きな子は世界中にたくさんいますが、体の一部になっている人という意味では、世界を見渡しても日本は密度が一番高いのではないかと思ったりもしています。

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