『東のエデン』『ピンポン』のアスミック・エース社長が語る劇場配給ビジネス(4/6 ページ)

» 2011年05月27日 14時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

劇場オリジナルで苦労した『鉄コン筋クリート』

『鉄コン筋クリート』

櫻井 実際にどんなことで苦労したかというお話をおうかがいしたいのですが、『鉄コン筋クリート』の場合はいかがでしたか。

豊島 実写でもアニメでも、映画の場合には製作委員会方式ということで、いろんな会社がお金が出し合って作るケースが多いです。最近はテレビアニメでも玩具会社や出版社と組んで製作委員会方式で作ることが当たり前になったと思うのですが、『鉄コン筋クリート』で一番苦労したのは幹事のアニプレックスだったと思います。テレビアニメの映画化ではなく、劇場で初めてお披露目する形のアニメだったので、アニプレックスは苦労されていたのです。

櫻井 劇場オリジナルというリスクを背負っても、『鉄コン筋クリート』を配給しようと思われた理由は何だったのでしょうか?

豊島 まず、アニプレックスの情熱があったからですね。アニプレックスはテレビアニメが主戦場なのですが、「ぜひチャレンジしたい」という思いがありました。また、『鉄コン筋クリート』原作の松本大洋さんには『ピンポン』でお世話になりましたし、『鉄コン筋クリート』の前に配給した『マインドゲーム』(2004年)を手掛けた制作会社のSTUDIO4℃がプロジェクトに参加したからということもあります。

 アニプレックとSTUDIO4℃、アスミック・エースを中心にプロジェクトが動き始めて、それに賛同してくださる会社がどんどん集まってきました。ただ、何度も言いますが、幹事のアニプレックスはお金集めで結構苦労されていたと思います。STUDIO4℃は凝った作りをする会社なので、制作費が『ピンポン』の数倍かかりました。漫画の原作があっても、映画で初めて映像化する場合にはそれなりのコストがかかるので、リスクのある仕事なのかなと思います。

櫻井 オリジナルのアニメ映画ということですが、上映する劇場はおさえられたのでしょうか?

豊島 先ほど『茄子 アンダルシアの夏』で名前を挙げた東急が、「ぜひこの作品を上映したい」と名乗り出ていただきました。東急は実は山っ気がある会社で、テレビアニメが終わった後の『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』(1977年)や『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』(1997年)に名乗りを上げたのも一番早く、実写映画でも『少林サッカー』(2001年)のようなチャレンジングな作品を扱っていらっしゃいます。

 それはなぜかと推測すると、東宝や東映、松竹は興行会社であると同時に配給会社でもあるのですが、東急は配給会社ではないというところに理由があります。「東宝や東映、松竹とは違うセールスポイントがなくてはいけない」ということで、チャレンジングな作品に挑戦しているのです。そういうわけで、東急には『鉄コン筋クリート』にも早くから参加していただいて、そうしたパートナーに恵まれて、リスクが高いビジネスなのですが、とにかく公開までこぎつけたということです。

櫻井 最後は情熱なんですね。

豊島 正直言って映像ビジネスはお金がかかりますし、最近は「リスクをどう回避するんだ」というせちがらい場面ばかりです。しかし、最後は情熱というか、「絶対これがやりたいんだ」というものがないと、すぐ「ダメだね」とか「却下ね」となってしまうと思います。「これは絶対世の中に出すべきだ」「喜んでくれる人がたくさんいるはずだ」という信念を持たれたら、くじけずにそれをしつこくアピールすることが大切です。それはアニメ映画制作に関わらず、映画配給に関わること、テレビのコンテンツの企画を通すこと、何でもそうなのですが、そういうところは肝に銘じていただくのがいいのではないかと思います。

劇場側から売り込みがあった『東のエデン』

『東のエデン』

櫻井 『東のエデン』の配給についてはいかがだったでしょうか。

豊島 『東のエデン』はノイタミナ枠のテレビアニメから派生して、劇場版を配給したビジネスでした。知名度がある程度ある中での劇場配給だったのですが、これについてはテアトル新宿という劇場を持っている東京テアトルにお世話になりました。

 テレビアニメ放映時、「映画にします」とまだ世の中に発表していない時点から、「ぜひこの作品は映画にもすべきだと思うし、劇場公開する時にはぜひやらせてほしい」と東京テアトルのアニメ担当者から、非常に熱心な売り込みがありました。結果的に劇場版では、東京テアトルを中心にお世話になりました。テアトル新宿では『空の境界』(2007〜2010年)の独占上映を行うなどいろいろ面白いことをやっているのですが、社内に熱心なアニメ担当者がいたために、そういう展開になりました。

 そのため配給の苦労はそれほどなかったのですが、一番の苦労は制作費でした。「制作費をおさえたい」と制作会社のプロダクション・アイジーに無理をお願いしたので、プロジェクト関係者では石川光久社長が一番大変だったのかなと思います。石川社長は今でも「すごく大変な仕事だった」とおっしゃられます。

櫻井 アニメ映画を上映する劇場は、東京テアトルのようにアニメ好きの担当者がいることが大事だったりするんですかね。

豊島 東京テアトルは興行の世界では、私たちと同じようにインディペンデントの会社なのですが、「テアトル新宿をアニメの聖地にしよう」という考えで、戦略的にやっていらっしゃると思います。

 そこに入ってきたのが、東映系の興行会社であるティ・ジョイです。テアトル新宿の近くにある新宿バルト9というシネマコンプレックスを、アニメの聖地にしようと取り組んでいるのです。3月に公開された『攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D』はティ・ジョイと組んでいて、東京テアトルでは上映できませんでした。

 また、冒頭申し上げたように、プロダクション・アイジーがティ・ジョイと共同で配給にも乗り出してきたのは、我々にとっても結構脅威です。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(2007年)も、庵野秀明監督が代表取締役を務める制作会社のカラーがクロックワークスと共同で配給しています。私たちのように企画などをプロデュースする会社としては、ちょっと脅威かなと思ったりしています。

 インターネットの登場で、音楽や活字の世界でもそうですが、クリエイターが「出版社や配給会社はいらない。自分で全部消費者に届けられるから」という状況が生まれてきています。制作会社、配給会社といった既存の会社にとっては、やっぱり脅威ですね。

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