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» 2011年05月27日 14時00分 UPDATE

『東のエデン』『ピンポン』のアスミック・エース社長が語る劇場配給ビジネス (1/6)

『ピンポン』などの実写映画の配給で知られるアスミック・エース エンタテインメント。同社は『茄子 アンダルシアの夏』以降、アニメ映画も積極的に手掛けているが、配給面から見たアニメ映画のメリットとは何なのだろうか。配給ビジネスの裏側を豊島雅郎社長が語った。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 監督や役者にスポットが当たりがちな映画業界。しかし、その裏で映画を劇場に売り込み、宣伝活動に尽力しているのが配給会社である。そんな映画配給業界の中でも、『ピンポン』など実写映画の独立系配給会社として数々の実績と歴史を持っているのがアスミック・エース エンタテインメントだ。

 近年はアニメ映画の配給にも積極的に取り組み、『鉄コン筋クリート』『東のエデン』などの話題作も手掛けた同社の豊島雅郎(てしま・まさお)社長が、モデレーターの櫻井孝昌氏とともに映画配給ビジネスについて語った。

※この記事は5月11日に行われた東京コンテンツインキュベーションセンターのセミナー「配給会社から見た劇場アニメビジネス〜実写映画と何が違うか、これからどうなるか〜」をまとめたものです。
ah_tesima1.jpg アスミック・エース エンタテインメントの豊島雅郎(てしま・まさお)社長

3つの団体に属する企業が配給を行う

豊島 私たちの会社はアスミック・エース エンタテインメントというちょっと長い名前なので、通常、社内でもアスミック・エースと略して呼んでいます。アスミック・エースは映画の配給、実写映画やテレビアニメなど映像コンテンツの企画・制作、二次利用という形でビデオグラム※の発売元となったりテレビ局や配信業者に番組を販売したりしています。また、私たちが関係したコンテンツを海外にセールスしているチームもあります。制作から配給、販売までを一気通貫で行えることがアスミック・エースの強みとなっています。

※ビデオグラム……ビデオ、DVD、Blu-ray Discなど電気的録音録画物を総称した言葉。

櫻井 ほかの配給会社と大きく違う点はありますか?

豊島 配給会社の大手は、日本映画製作者連盟(映連)のメンバーである東宝、松竹、東映、角川書店(角川映画)です。各社とも配給だけでなく、劇場を持って興行も行っています。

 ちなみに、それは米国ではできないことです。なぜなら競争原理が働かないということで、独占禁止法によって制作と販売を分離すると決められているからです。米国ではニューズ・コーポレーションやタイム・ワーナーなどのメディア・コングロマリットがありますが、実はそういう会社は劇場運営に携わっていません。もちろん、仲がいい会社はあるかもしれないのですが、直接資本関係を持った会社と配給と劇場運営を一緒に行っているところはないと聞いています。

 映連のほかの配給会社としては、MPA(モーション・ピクチャー・アソシエーション)というグループがあります。ディズニーやワーナー、ソニー・ピクチャーズ、パラマウント、FOXといった5つの米国企業がMPAに属して、日本で配給を行っています。ユニバーサルはMPAに属してはいるのですが、日本では東宝東和という外国映画専門の配給会社に委託しています。

 そして、アスミック・エースは外国映画輸入配給協会(外配協)という団体に属しています。ここには、先ほどの東宝、東映、松竹、角川書店以外の配給会社も属しています。日本ではこの3団体に属した会社が主に配給を行っています。

 しかし、今、制作会社などが直接配給を行っていく流れもあります。後ほど触れますが、『攻殻機動隊 SAC SOLID STATE SOCIETY 3D』では制作会社のプロダクション・アイジーが東映系のティ・ジョイと一緒に配給に乗り出していて、そういうトレンドになっているのかなと思ったりもしています。

映画の仕事をするとは思っていなかった

櫻井 豊島さんが映画業界に関わるようになったきっかけについて教えていただけますか。

豊島 私が社会人になったのは1986年4月のことです。1980年代はコンテンツやITという言葉はありませんでしたし、インターネットという言葉もなかった時代です。私が学生だった1980年代前半には、“ニューメディア※”という言葉が世の中に流通し始めていました。

※ニューメディア……テレビやラジオ、新聞・雑誌、電信・電話などの既存媒体にとらわれない新たな媒体のこと。

 当時、職業としてはテレビ局や広告代理店のほかに、コピーライターも結構ちやほやされていました。1970年代後半から糸井重里さんや川崎徹さんが頭角を現して、西武百貨店やパルコなどを抱えるセゾングループが広告に力を入れていました。ウディ・アレンさんを登用した「おいしい生活」なんてコピーもありましたね。

 そんなバブル前夜、私も大学を卒業するので就職について考えないといけないという時、本当はテレビ局や広告代理店に入りたいと思っていたのですが、非常に狭き門でした。

 そんな時、アスミックという会社がニューメディアをやるということを聞いて、私は基本的に新しいもの好きなので入社することにしました。アスミックは1985年に設立されたのですが、カセットやビデオなどを使った教育教材を作るアスク、1980年代からケーブルテレビに注力していた住友商事、そして大手出版社の講談社が資本を出し合って作った会社です。会社名は、その3社の頭文字をとって命名されました。

 学生の私は、アスクは正直知らなかったのですが、住友商事や講談社は有名な会社なので、「その会社の資本が入った会社であればいいかな」程度の気持ちで、映画をやるとはまったく思わずに入社したというのが本音です。

 1986年に入社して、1年目は親会社のアスクが手掛けていた教育教材に関わったり、ニューメディア関連では、世界で初めてレーザーディスクを使った百科事典のプロジェクトに入って、1年間マーケティングで従事したりしていました。

 そして私が入社して2年目の1987年、レンタルビデオ店が世の中にどんどんできてきて、「レンタルビデオ店に映画のソフトを出せば、とにかく売れるぞ」という時代が訪れました。みなさん覚えていらっしゃらないと思うのですが、1980年代半ばのレンタルビデオ店は、1本1000円とかでソフトを貸し出していたんですね。今は1本80円とか100円とか言っている時代なので、「1000円なんて信じられない」と思われるでしょうが。

櫻井 「でも、みんなで見れば安い」とか言っていましたね。

豊島 そうですね。当時は家庭で映画が見られるということ自体が画期的でした。それと符合するように、任天堂のファミコンが発売されて、ゲームセンターに行かなくても、家庭でゲームができるようになりました。

 そう世の中が動いている時代だったので、アスミックでも映画を海外から調達してきてレンタル用のビデオにして、レンタルビデオ店に売ることと、ファミコン向けにゲームソフトを作ることを始めました。

 私が入った1986年は教育関係のニューメディアのソフトを作ることが主力だったのですが、1987年以降は映画やゲームのビジネスをやるようになって、私もビデオに関わっていた流れで映画の仕事もするようになったというのがきっかけです。学生時代に付き合っていた彼女が映画好きだったので、無理やり難しいフランス映画とかを見ていたりもしたのですが、会社に入って映画の仕事をするとは正直思っていませんでしたね。

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