『東のエデン』『ピンポン』のアスミック・エース社長が語る劇場配給ビジネス(3/6 ページ)

» 2011年05月27日 14時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

アニメビジネスの特徴は

 豊島社長がアスミック・エースが配給した代表的なアニメ映画として挙げたのが、『鉄コン筋クリート』(2006年)と『東のエデン』(2009年、2010年)の2作品。『鉄コン筋クリート』は『ピンポン』と同じく松本大洋さん原作のアニメ映画で、『東のエデン』はフジテレビのノイタミナ枠で放映されたシリーズの続編として作られたアニメ映画である。

豊島 『鉄コン筋クリート』も『東のエデン』もマーケティング重視というよりは、クリエイターが「こんなことをやりたい」というものに沿って作った映画、平たく言うとリスクが高い映画です。ただ、『東のエデン』はノイタミナ枠でテレビアニメを放映した後での劇場アニメ、しかもマーケティングコストを絞って小さい展開にしたので、そういう意味では『鉄コン筋クリート』の方がよりリスクが高いビジネスだったと言えます。

 先ほどアニメのビジネス面での優位性として「海外に出られる」とお話ししましたが、「コンテンツの価値が、時間が経っても劣化しない」ということも言えます。実写とアニメとを比較してはいけないのかもしれないですが、私個人としては「アニメの方が時間が経ったとしても商売するチャンスが多いのではないか」と思います。

 映画を劇場公開して、DVDやBlu-ray Discを出し、レンタルビデオ店に並べていただき、有料放送のWOWOWなどで流して、最後に運が良ければ地上波で流れるというウインドウ展開※を行ったら、ちょっとバリューが落ちるというか、お役目ご苦労さんみたいなところがあるのですが、アニメの場合はその劣化が少ないのかなとは思います。

※ウインドウ展開……コンテンツを複数のウインドウ(メディア・市場)に利益が最大化になるように露出していく展開のこと。

 ゲームの場合、ハードが進化すると、ソフトが陳腐化するというビジネスとしての弱点を抱えています。もちろんAというヒット作品を、ハードの進化に合わせて進化させることもできるのですが、Aという作品自体は陳腐化されます。任天堂が昔懐かしの作品を再び遊べるように配信していたりもしますが、ゲーム業界のマネジメントサイドの方からは、「映画はいいですね。1回作ってしまえば、いろんなハードが出てきても流用できますから」と言われます。ゲームは新しいハードが出てくるたびに、また新しいことにチャレンジしないといけないので本当に大変なんですよ。

 その映画の中でも、実写よりも陳腐化が少ないと思われるアニメの方が、商売が長くできるという意味で面白いなと思っています。

櫻井 背景も、実写だと現在との差が気になったりしますが、アニメだとそれほど気にならないですよね。

豊島 それも言えると思いますね。今、1970〜1980年代のテレビアニメを見ても、そんなに違和感がないというか、現実と違う世界を描いていますからね。

 私は『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)や『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)の2本は毎年2回は見ますが、今見ても全然古くないですね。『AKIRA』(1988年)も年に1回は引っ張り出して見ますが、全然古くない。そこは「アニメの力すごいなあ」と思いますね。

櫻井 豊島さんは「アニメ映画の場合、お客さんが非常に見えやすい」というお話をされますね。

豊島 アニメ映画は悪い言い方をすると、すそ野が狭いというか、お客さんの数が少ないです。ただ逆に言うと、ターゲットが広くないので、「だいたいこういうことをやればこういうお客さんが来てくれるだろうな」ということが見えるということです。

 今、私たち配給ビジネスの悩みは、P&Aのコストがかかるようになっていることです。それは劇場公開時にかかる配給会社としてのコストを表していて、劇場に供給するフィルムなりデジタル素材のコストをP(プリント)、アドバタイジング(宣伝)のコストをA、その2つのコストを合わせてP&Aと呼んでいます。このP&Aのコスト、特にAの方がかかる傾向になっているんですね。

 今の配給業界の主戦場はシネマコンプレックスです。ハリウッドのメジャースタジオはとにかくCMをバンバン打っていて、ハリー・ポッターシリーズあたりだと10億円近い額をテレビ局に支払っています。私たちが洋画を配給する場合、CMにかけられるコストなんて2億円くらいです。そういうところで戦わないといけない。

 ただ、アニメ映画の場合にはお客さんの顔が見えるので、お客さんにどうアナウンスすれば劇場に足を運んでいただけるかが割と見えやすいです。分かりやすく釣りに例えると、洋画、特に実写映画はどこに魚がいるか分からないところで釣りをすることが多いのですが、アニメ映画の場合は釣り堀できちんと釣りができる。つまり、マーケティングのコストをかけずに配給できることが、配給会社から見たアニメビジネスの魅力だと感じています。

櫻井 ある人たちにきちんと情報を伝えれば、「そこからこれぐらい広がるだろう」というのが読みやすいですよね。

豊島 ただし、ユーザーの方々は結構こだわりがあったりします。私たちはアニメを定期的に手掛けている会社でもないので、気を付けなければいけないのはアニメファンにとって「何かこの配給会社分かってねえな」みたいな宣伝をした場合のマイナス効果もすぐに広まるということです。「その作品のファンの心をきちんとつかめる宣伝手法がとれるかどうかが肝かな」と思ったりもします。

櫻井 先ほども出ましたが、広告費は作品によってそんなに違うものなのですか?

豊島 実写でもアニメでも、映画の直接の制作費はアスミック・エースの平均で1億5000万〜3億円とお話ししました。しかし、全国200〜300スクリーンで公開する場合には、その制作費以上のP&Aのコストをかけて展開します。ということは、制作費とP&Aを合わせた総コストは、全国300スクリーンとかで公開するような映画なら5億〜6億円かかるということになりますね。

櫻井 インターネット時代になって、P&Aに変化はあるのですか?

豊島 アニメ映画では別だと思うのですが、「洋画邦画問わずアニメ以外の実写映画を見るきっかけは何ですか?」と聞くと、ネットの時代になっても1番目は劇場の予告編なんです。2番目はテレビCMを見た、それ以下は新聞広告や雑誌の記事を見たとかがあって、最近はYahoo!映画で見たとかも入るようになっています。テレビCMがきっかけという中には『王様のブランチ』で紹介されたといったものが含まれることもあるのですが、とにかく劇場で映画を見る2大要素は劇場で見た予告編とテレビCMということになりますね。

 劇場の予告編は作品の強さや、配給会社と劇場との交渉でかけていただけるかどうかが決まります。ただ、テレビCMに関しては、ハリウッドのメジャースタジオからはたくさんお金をとっている一方、「私たちは日本の弱小のインディペンデントの会社だから安い値段でお願いします!」とは言えないので、そのコストはやはりかかります。

 アニメ映画はインターネットで顔の見えているお客さんにどう告知するか、主なアニメの媒体でどう主張するかが主になってくると思うのですが、実写映画の場合に一番かかるコストはテレビCMになると思います。

櫻井 クリエイターからすると複雑ですよね。P&Aに使うお金があれば、もっと制作費を増やせたのにとか思ってしまいますよね。

豊島 そうですね。テレビ局では事業枠という、自社の関わっているものを宣伝する枠があるんですね。特に朝や深夜は多いのですが、テレビ局制作の映画はテレビCMを安価に、時にはタダで打てたりしますし、自局のバラエティ番組や情報番組で優先的に大きい扱いで宣伝できたりします。テレビ局が作った人気ドラマの映画化が劇場で強いのは、そこでいい勝ちパターンができているからということが言えます。

 その最たるものが東宝と地上波キー局・出版社がいい形で組んだ映画です。例えば、映画『ドラえもん』『名探偵コナン』で、『ポケットモンスター』の映画の予告編を流す、といったような勝ちの方程式のようなものができあがっていて、それを実際にやり続けているのが東宝とテレビ局のチームです。これは私たちができていないことなので悔しいのですが。

櫻井 『東のエデン』はテレビアニメがもととなりましたが、劇場公開のやり方はいわゆるテレビ局主導型の宣伝では全然なかったですよね。

豊島 そうですね。『東のエデン』の制作会社であるプロダクション・アイジーの石川光久社長には申しわけないのですが、それほどP&Aのコストがかけられないプロジェクトだったので、フジテレビの深夜などでは多少、テレビCMもやっていただきましたが、かなり手作り感覚で興行を行いました。でも、それは結果的には作品にとっても良かったのではないかなとは思っています。

 『東のエデン』ではユナイテッド・シネマ豊洲が舞台になるのですが、そこはアスミック・エースの親会社である住友商事が関わっている劇場です。神山健治監督に「ユナイテッド・シネマ豊洲をモチーフとして、アニメを作りたい」と言っていただいて、そういうところでもシナジーが発揮できたかなとは思っています。

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