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食卓でも料亭でも楽しめる――お豆腐狂言の味わい
知性の品格を上げる第1歩――「狂言」を知る

 2005年末に出版された『国家の品格』(藤原正彦・新潮社)のベストセラー化以来、「女性の品格」や「オーラの品格」などなど、やたらと“品格”が意識されるようになった今日この頃である。

 知性の品格を上げたいと思う時、日本の歴史や文化に馴れ親しむことができる古典芸能は、もってこいの存在である。そうとわかってはいても、どうも敷居が高く感じてしまう+D Style読者は多いのではないだろうか。だが現在、そんな心の垣根を取り払い、日本古来の貴重な文化の間口と理解を広げようと、積極的に活動している表現者の方は多く存在する。そんな方々の姿を知り、もっと楽しく、古典芸能に親しみたい。

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 初心者が古典芸能に触れる時、もっとも親しみやすいジャンルなのが“狂言”。その歴史は室町時代にさかのぼる。悲劇を演じる歌舞劇の“能”に対して、台詞を中心とする喜劇として形成された狂言は、以前は能の添え物として扱う向きもあったのだそう。

「今は狂言がブームになり、狂言だけを観に来てくださるお客様もたくさんいらっしゃいますが、以前はほとんどが能を観に来る方でした。昔の能には休憩時間がありませんでしたから、狂言の時間におしゃべりをしたり弁当を食べている方もいた。いわば狂言が、観客にとっての休憩時間だったわけです」と気さくに語ってくださったのは、江戸初期から続く京都の茂山千五郎家の茂山千之丞さんである。

「気づいたら狂言をやっていました。初舞台を踏んだのは2歳と8カ月の頃、その時の記憶は、舞台でおしっこを垂れてしまったこと。気持ちよかったなあというのを今でも覚えていますね(笑)。狂言はもともとエンターテインメント……大衆劇だと思っています。よくね、狂言のことを“お狂言”という方がいる。その“お”をとりたい、みなさんに楽しんで、心から笑って欲しいと思いながら演じています」

 千之丞さんは、狂言界の大御所としてはもとより“異端の狂言師”としても名高い存在である。そんな茂山千五郎家の家訓は“お豆腐狂言”。味付けによって高級にもなれば庶民の味にもなる、広く愛される飽きのこない芸が身上である。

 “先生”と呼ばれることを嫌い、本名の政次(まさつぐ)からとった愛称・“まーちゃん”と呼んで欲しいという千之丞さんは、自らの年齢を24歳だとも公言する。 「還暦の時に生前葬を上げました。0歳に生まれ変わった気持ちでいますので、今の自分の歳は24歳。孫の童司と同じ歳なんですよ、はっはっは(笑)」

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茂山千之丞(しげやま・せんのじょう) 茂山千之丞03

1923年生まれ。1948年、能楽界の数百年のタブーを破り能狂言師としてはじめてラジオやドラマに出演。以来、「“お狂言”の“お”をとる」をモットーに、オペラや新劇など他舞台の脚色や演出、出演を精力的に重ねる。1996年、芸術選奨文部大臣賞受賞。他、数多く受賞。

バイリンガル狂言師が語る「狂言の魅力」

 茂山千之丞さんの孫・童司さんは、アメリカンスクール出身、英語が堪能なバイリンガル狂言師というこれまた特異な存在である。アメリカンスクール入学は、「日本の学校が嫌い!」という父であり、同じ茂山一家の師でもある茂山あきらさんの教育方針によるものだそう。

 24歳という若さながら、芸歴21年(!)というキャリアを持つ童司さんは、狂言の魅力をこう語る。

「狂言と落語は誰にも親しまれる古典芸能です。ふたつの共通点は、会話形式で演じられていて言葉がわかり、“解説がいらない”“笑いがある”ということだと思います。初めて狂言を観られるなら、一休さんの挿話にもあった、毒と水飴の笑い話『附子(ぶす)』などがおすすめです」

 また童司さんは、詩人choriさんとのユニット「chori/童司」での活動や、ライブハウス、時には駐車場でも公演を行うなど、異世界とのコラボレートを積極的に行っている。

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HANAGATA

「駐車場での公演は、途中で雨が降ってきたまま続行したりと、面白い経験をしました。新しい試みを行っていくということは、新しい層に狂言を広められると同時に、自分の基礎である稽古もおろそかにならないよう気持ちを引き締めなければなりませんから、自分のためにもなると思っています」

 12月25日には京都の先斗町で、若手狂言師のユニット「HANAGATA」によるイベントが行われるそう。

「狂言以外にも、色々な要素を足し引きしていきたいと思っています。クリスマスならではの演出もありますので、どうぞお楽しみに!」

茂山童司(しげやま・どうじ) 茂山童司02

1983年生まれ。86年、能法劇団「魔法使いの弟子」にて初舞台、「以呂波」の初シテを務める。95年、「花形狂言少年隊」入隊。2000年より「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=TOPPA!」を千三郎、正邦、宗彦、茂、逸平と共に主催。時代劇「かわら版 忠臣蔵」で大石主税役で出演、「Sense Dise:one」に企画・制作・演出・するほか、詩人choriとのユニット「chori/童司」など意欲的な活動をみせる。能法劇団『魔法使いの弟子』にて初舞台 。

 狂言で演じられるのは、“わわしい”と称される女性のたくましさ、それに圧倒される男性の頼りなさ、夫婦喧嘩に親子喧嘩、見栄の張り合い、他愛のない嘘やだましあい、そして助け合いなど、時代が巡っても、古今東西、人々の社会で普遍的に息づく生活と笑いである。お腹の底から笑っているうちに、いつの間にかその世界の虜(とりこ)になっていること請け合いである。

取材・文/似鳥陽子
取材協力/茂山千五郎家(http://www.soja.gr.jp/