球場経営、リーグビジネス……楽天が変えたプロ野球の仕組みとは(3/6 ページ)

» 2011年09月16日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

横浜球団売却で球場が問題になったわけ

井上 2010年末、TBSが横浜球団を売却しようとしました。その時、最後の最後に「横浜スタジアムのフランチャイズを変更するかしないか」という話が出てきて、メディアで伝わっているところによると、「横浜スタジアムからの変更がうまくいかないので、住生活グループは結果的に横浜球団を買わなかった」という話になるわけです。

 普通に考えると、「プロ野球をするのに、何で球場のことがそんなに問題になるんだろう」と思うわけです。横浜から新潟や静岡に移転するという記事も出てきたわけですが、「なぜ横浜のように人口がたくさんいるところではなく、新潟や静岡に行くのか。なぜそんなことで住生活グループが横浜球団を買うことが破談になるんだろう」ということは分からない。

 ところが先ほど言いましたように、球団と球場との契約条件の違いで球団の収支は大きく変わってしまいます。楽天野球団は宮城県から球場と球場以外の地域も含めて、年間5000万円を払うだけで自由に借りているんです。しかし、ソフトバンクは球場を借りるために年間約50億円を払っていると言われています。同じ球場使用料でも、5000万円と50億円という違いが出てきます。

 そういう意味で、横浜スタジアムの使用条件が球団にとって非常に不利だと言われていて、それが原因で最終的に住生活グループの球団買収が破談するという出来事につながる。その本質をつかんでいないと、住生活グループは新潟や静岡が好きなのかとか、ビジネス機会が多いのかと思ってしまう。でも、それはまったく違うわけです。

 楽天は仙台に進出する時に事業シミュレーションをしたのですが、100万都市の仙台が今の段階でプロ野球が存在できる最低の市場規模だという認識でした。今のままで新潟や静岡にプロ野球球団を持っていくと、事業として非常に厳しい人口しかいない状況なんです。ビジネス的に考えると、本来は横浜にいるべきなんです。

 TBSは横浜球団を買った時に調査をきちんとしなかったので、横浜スタジアムとの契約が不平等だというのを理解せずに買ってしまったんです。そのため、横浜スタジアム問題というのが横浜球団の最大のネックになっています。

 ただ、TBSも球団を買った後すぐ、横浜に別球場を作ろうとしたと言われています。ところが、横浜スタジアムの株主は地元の人たちなので、結局TBSは横浜球団の専用球場を作ることはできず、横浜スタジアムを使用せざるをえなくなりました。不平等な球場条件のまま運営しているので、「自分たちはもうこれ以上やれない」ということになって、「売却するぞ」とつながっていったわけです。

巨人戦の放映権料で成り立っていたセリーグ

井上 プロ野球球団のビジネスには、「チームオペレーション」「ビジネスオペレーション」「球場オペレーション」の3つがあります。

 プロ野球球団でも、読売巨人軍と楽天野球団が株式会社として同じことをしていると思う人もいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。読売巨人軍はチームオペレーションのみ、すなわち読売巨人という野球団の運営のみをしているんです。ビジネスオペレーション、例えばチケット販売や放映権販売など読売巨人軍の興行事業は、読売新聞本社の事業部が行っています。そして、球場オペレーションは、東京ドームという資本関係のない別の会社の事業部が行っています※。一方、楽天野球団はチームもビジネスも球場も全部、楽天野球団がやっています。

※東京ドームの大株主に読売グループの企業はないが、東京ドームは読売グループのよみうりランドの大株主となっている。

 ただ、ここですごいなと思うことは、楽天野球団は全部やっていても売り上げは年間80〜90億円です。読売巨人軍は球場オペレーションはやっていなくても200億円以上の売り上げがあると言われるので、事業規模は雲泥の差です。

 パリーグは今、第三セクターから札幌ドームを借りている日本ハム以外の球団は、チームオペレーション、ビジネスオペレーション、球場オペレーションを一体として運営するようになっています。例えばオリックスは大阪ドームを大阪市から買収し、運営は別会社ですが、ある程度の一体運営を行っています。西武も、西武鉄道の子会社として球団と球場が分かれていたのですが、球団と球場のオペレーションを一体化しました。

 セリーグは読売巨人、ヤクルト、横浜は完全に別主体が球場を運営しています。例えば、ヤクルトは神宮球場の売り上げの多くの部分を占めているのですが、アマチュア野球の聖地であるため、プロ野球より六大学野球などの方がスケジュール的に優遇されたりします。そのため、ヤクルトは非常に球場事情が悪いと言われています。

 また、「セリーグとパリーグのビジネスモデルは異なっている」と言われていました。なぜかというと、昔は巨人戦が地上波の全国放送でキラーコンテンツとして流れていて、ホームチームに放映権料が1試合1億2000万円以上入っていたんです。(日本テレビ系列の放送局は)読売巨人の試合を見せるために全国放送していますが、放映権という側面から見るとホームチームに収入が入るわけです。

 セリーグの巨人以外の球団は例えば巨人戦が年間24試合あるとすると、ホームゲームは12試合。放映権収入にはコストがほとんどかからないので、純粋な利益として、セリーグ球団は読売巨人戦で年間15億〜20億円(1億2000万円以上×12試合)得ていたわけです。

 ところが現在はコンテンツ価値が落ちてしまい、地上波で全国放送できないコンテンツになっているので、数千万円台の下の金額でないと取引されない状況になっています。そのため、セリーグ球団は大きな減収になってしまったわけです。そこで、「事業としてどう成り立たせたらいいんだろう」と悩んだ結果、横浜球団の売却のような話も出てきました。

 パリーグ球団は先ほどから言っているように、もともと親会社のネーミングライツとして生きており、広告宣伝効果はまだあります。ところがそれだけでなく、「地元密着モデルできちんと収入増を図ろう」という動きもあって、どんどん変わってきているということです。

 そういう意味で、今後はセリーグの下位球団がパリーグ型で動いていくことになりますが、セリーグの下位球団はネーミングライツとして生かされていないんです。例えば、TBSは横浜球団を持っていても、全然TBSの名前を生かせていないわけです。そうなると、TBSの株主からすると、「(親会社の広告媒体として生かされていない)単純に赤字を抱えた子会社を持っているだけじゃないか」という話になります。

パリーグとセリーグの意思決定の差

井上 次図がプロ野球業界の仕組みです。2008年にこういう形に整備されて(改定日本プロフェッショナル野球協約が発効したのは2009年1月1日)、日本プロフェッショナル野球組織(NPB)とパシフィック野球連盟(パリーグ)、セントラル野球連盟(セリーグ)が日本野球機構の中の下部機関になっています。

プロ野球業界の仕組み

 これだけを見ると、パリーグとセリーグで意思決定の差がないように見えますが、パリーグにはこのオフィシャルな組織以外に社長会というのが2カ月に1回のペースで開かれています。また、パシフィックリーグマーケティングという会社を6球団共同出資で作っており、リーグやクライマックスシリーズのスポンサーを探したり、パリーグ各球団のWebを共通化したりと、いろんな事業を行っています。

 また、パリーグの理事長は私なのですが、今年で4年目です。パリーグの理事長は固定していて、きちんと理事会を取りまとめて、迅速に意思決定ができるような体制にしています。一方、セリーグの理事長は今年はヤクルトの新純生さんですが、各球団持ち回りで毎年変わるんです。そして引き継ぎがほとんど行われていないので、何か問題が起きて理事会の意思決定をする際、誰が軸になってやるのかがはっきりしません。昔はパリーグにもセリーグにも会長がいたのですが、リストラ対象ということでいなくなりました。

 それまでは会長が継続していたため、意思決定に一定の統一性を持たせられたのですが、会長がいなくなったのでその役割を理事長がやることになりました。しかし、(セリーグのように)理事長をリーグの持ち回りにしたら、実質的にほとんど機能しなくなるわけです。そういうことで、同じ組織のように見えますが、パリーグとセリーグでは意思決定の期間や過程がまったく異なっています。

日本のプロ野球では12球団個別の利益が優先される

井上 プロ野球球団の抱える構造的な問題ということですが、日本球団のビジネスと米国球団のビジネスモデルには大きな差があるんです。日本のプロ野球では、12球団全体の利益より、12球団個別の利益が優先される傾向にあります。

 その一例が戦力均衡です。楽天野球団が参入した時、「プロ野球はリーグビジネスだ」と言いました。「各球団の戦力が均衡して、競り合うからこそ面白くなるビジネスだ」と。ところが当時は、自分の球団の戦力を強くすることを中心として考えられていたので、2005年までは大学生や社会人については希望枠として2人と自由に契約できたわけです。その希望枠を2005年に1人に減らし、2007年にはなくしました。今、ドラフト会議の1巡目は大学生や社会人含めて、抽選になっています。

 抽選になった結果、早稲田大学出身の斎藤佑樹選手が日本ハムに入って、パリーグはすごく盛り上がりました。2007年の希望枠撤廃は楽天などが主導し、一部の球団の反対もあったのですが、それを説得して実現しました。そういうことがなければ、強い球団や人気のある球団が強い選手や人気のある選手を独占できる状況にあったので、斎藤選手は読売巨人や阪神に入っていたかもしれません。

 パリーグの人気が出てきた一因はパリーグの抽選能力が高いということがありますが(笑)、その前提として抽選で選手を引けるというシステムがなければ、そもそも引けなかったわけです。そういうことを変えるのも、ビジネスモデルを変えていくための1つの課題になるわけです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.