チェルノブイリ原発事故から25年――反原発デモを取材する松田雅央の時事日想(3/4 ページ)

» 2011年04月29日 08時00分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

ブドウの産地

 ネッカーウェストハイム原発のあるキルヒハイムは人口5100人の小さな農村である。原発の名前に付く「ネッカー」は近くを流れるネッカー川のことで、川沿いは温暖な気候を生かしたブドウ栽培が盛んだ。過酷事故が起きて放射性物質が漏れればこの一帯のブドウ畑は全滅してしまう。福島第1原発周辺に広がるであろう田んぼや畑のイメージと重なり、なんともいたたまれない気持になる。

 ほとんどのデモ参加者は列車で30分離れた州都シュトゥットガルト(人口約60万)とその周辺から来ていたようだ。原発からシュトゥットガルトまで直線にして約30キロ。福島第1原発と福島市の距離よりはるかに近く、市民の危機意識はたいへん強い。

 一方、地元住民の意識はメディアの報道を総合すると「無関心」が適当だ。少なくとも反原発の積極的な動きはない。村議会の議席数内訳は地域政党WGK:6、CDU:4、無所属:3、SPD(ドイツ社会民主党):1。緑の党(環境政党)の議席はなく、反原発に力を入れるSPDの議席数が少ないことからも世論の傾向がうかがえる。

ネッカー川沿いの丘陵に広がるブドウ畑(左)、満開の菜の花をバックに。旗の「太陽マーク」は反原発の統一シンボル。「原発からソーラーへ(再生可能エネルギーの象徴として)」のメッセージ(右)

チェルノブイリとフクシマ

 原発まで数百メートルを残しデモ行進はストップ。目の前の原っぱには木で作られた粗末な十字架が立ち、拡声器からロシア語のアナウンスとドイツ語訳が流れてくる。

 「同志諸君、チェルノブイリ発電所で放射能漏れが発生しました。非常事態を宣言します。住民はすみやかに避難を始めて下さい……」

 25年前、チェルノブイリで実際に流された避難放送の録音だ。十字架には消火活動で命を落とした作業員の名前が刻まれている。筆者を含め、デモ行進を取材する20人余りの報道関係者が「最高の絵」を撮ろうとせわしなく動き回る。主催者があらかじめ用意したこの演出を「さすが」と思うか「ずる賢い」ととるかは人それぞれだが、長年の経験に裏打ちされた「したたかさ」で最大のPR効果を発揮したことは間違いない。

チェルノブイリ犠牲者の名を刻んだ十字架を前にデモ行進は一時停止(左)、原子炉1号機と排気塔(右)

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