コラム
» 2012年11月29日 07時00分 UPDATE

その「痛み」どうしていますか? “我慢は美徳”という日本人 (1/5)

「痛みがあっても我慢すべき」という人は74.3%、「『痛い』と他人に言うべきではない」は55.7%――。“我慢は美徳”と考える人が多いようだが、痛みを我慢すれば生活に支障が出るかもしれない。そこで痛みの種類や治療法などを紹介しよう。

[Business Media 誠]

 痛みは、身体に異常があること、異変が起きたことを知らせてくれる、最も分かりやすく重要なサインだ。身体のどこかに痛みを感じることで、私たちはそこに、何らかの不具合があるのではないか、という警告が得られる。例えば、早期の発見、治療が回復への重要なカギと言われるくも膜下出血は、突然の激しい頭痛が前兆として現れるケースが多いという。

 また年齢を問わず日本人男性に非常に多い心臓疾患による突然死も、事前に胸の痛みが出ることがほとんどだ。自分の健康を守っていくためには「サインとしての痛み」に対して、もっとセンシティブになることが重要と言えるかもしれない。とは言え、痛みには難しさもある。くも膜下出血で現れるような強い、突然の痛みであれば、驚いて救急車を呼ぶ、病院へ駆け込む、といった具体的な行動に結びつくだろう。

 しかし、心臓発作の前兆で出る痛みはそれほど強くないため、「この程度は我慢できる」「大したことじゃない」と自己判断する人もいれば、それを我慢できない不快な痛みと感じる人もいる、といった具合にばらつきが出てしまう。痛みには客観的な尺度がないためだ。体温計のように、ピピッと「痛み度数」を表示してくれる器具でもあれば別だが、痛みに絶対的基準値や尺度はない。そのため若さに自信があり、健康のことなどほとんど考えない20代、気力や体力もあり、責任も大きくなる時期の30代働き盛り、といった年代ほど「この程度どうということは」と我慢して、状況を悪くしてしまうことが多い。

 若い世代の心臓病による突然死では、あとから同僚や友人が「そう言えば、ちょっと息苦しいと言っていた」「胸をさすっていた」などと言い合って、「なぜ我慢してしまったのだろう」と悔しがるケースが少なくない。

痛みに対して、私たちがより「積極的にセンシティブ」になるべき理由 

 また私たちには、痛みに対してより「積極的にセンシティブ」になるべき理由もある。日本には我慢を美徳とする精神文化が脈々と息づいているためだ。

 ファイザーが7月に発表した調査によれば、肩や腰の痛みなど慢性的に痛みを感じている人のうち、「痛みがあっても我慢するべきだ」と考えている人の割合は74.3%にも達している。常日頃、痛みを抱え苦しんでいながら、その4人に3人が「我慢すべき」と考え、おそらくは実際に我慢しているのだ。当然、一時的に痛みが出た人が「このくらいの痛みなんて」と我慢してしまう可能性は、かなり高いだろう。しかも、そこには「痛いということを、不用意に他人に言うべきではない」という美学も存在する。

yd_fai1.jpg 7割以上の人が「痛みがあっても我慢するべきだ」と考えている(出典:ファイザー)
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