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» 2012年05月22日 08時00分 UPDATE

世界一周サムライバックパッカープロジェクト:太陽光発電先進国、ドイツでメガソーラーに取り組む日本人 (1/3)

東日本大震災後、日本でも注目度が高まってきた再生可能エネルギー。中でも太陽光発電への期待が大きいが、その先進国であるドイツでメガソーラー事業に取り組む南原順さんに話を聞いた。

[太田英基,世界一周サムライバックパッカープロジェクト]
世界一周サムライバックパッカープロジェクト

太田英基(おおた・ひでき)

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世界一周中のバックパッカー。4月4日現在、インドネシア滞在中。1年半で40カ国以上の訪問を予定。若者の外向き志向の底上げのため、海外で働く日本人を訪問したり、旅の中で気付いたことや発見したことをWeb中心に情報発信しながら旅をしている(サムライバックパッカープロジェクト)。学生時代に広告サービス「タダコピ」を立ち上げた元起業家でもあり、根っからの企画屋。Twitterアカウント「@mohideki」では旅の様子をリアルタイムに発信している。

 →目指せ世界一周!「サムライバックパッカープロジェクト」とは?


 東日本大震災後、日本でも非常に注目度が高まってきた再生可能エネルギー。2011年6月、僕はドイツのミュンヘンで行われた「インターソーラー」という、太陽光発電関連業者が集う世界最大級のイベントに興味本位で顔を出していました。

 インターソーラーは欧州で開催されたにもかかわらず、中国系のメーカーがブースの約半数を占めていました。日本メーカーはブース全体の1割ぐらいだった印象です。コスト競争が激しいようで、なかなか大変だとのこと……。

 会場となったドイツは、クルマを走らせれば風力発電がいくつも目に入ってきます。それは日本ではなかなか見ることのできない光景だなあと感じました。

 さて、そんな中、ドイツのベルリンで再生可能エネルギー事業に取り組む南原順さんにお会いして、インタビューにご協力いただくことになりました(南原さんはすでに日本に帰国していて、現在は日本で活動中とのことです)。

ah_samurai1.jpg 南原順さん

メガソーラーの建設・運営に携わる

――自己紹介と、これまでの歩みについて教えてください。

南原 1981年生まれ、島根県浜田市出身です。大学時代に環境問題に興味を持ち、インドで現地の環境NGOのインターンシップに参加しました。帰国後、ホームレスが街角で売る雑誌『ビッグイシュー』日本版の立ち上げに学生スタッフとして関わりました。海外の組織で働き、各国の学生と関わった身からすると、日本の「シューカツ」はあまりにアホらしかったので、やりませんでした。

 大学卒業後は「環境問題に取り組みたい」という思いから、長野県飯田市で市民の出資で太陽光発電を普及する「おひさまファンド」の担当者として働きました。そして2009年からは、メガソーラーと呼ばれている大規模な太陽光発電所を建設・運営する仕事についています。

――会社の事業内容・活動内容について概要を教えてください。

南原 現在働いている国際航業グループは、航空測量や地理情報などの仕事が中心ですが、再生可能エネルギーにも取り組んでいます。

 特に太陽光発電に力を入れていて、調査やコンサルティングから、太陽光発電所の企画、設計、実際の建設・管理まで行っています。これまでに海外で30カ所弱、日本国内で2カ所のメガソーラーを建設しています。

――南原さんの組織での役割・仕事内容を可能な範囲内で教えてください(ドイツ滞在時も含めて)。

南原 新たに進出する国を決めるための市場調査や、事業の経済性の検討を行うところからスタートします。次いで、実際に太陽光発電所を建設するための土地探しや、関連する許認可の取得、メーカーや金融機関との折衝などですね。その土地の日照条件は良いのか、売電事業できちんと収益があがるのかなどを検討します。

 2011年末まで1年数カ月、ドイツ勤務をしていた間は、ベルリンのGeosol社というグループ会社に在籍していました。Geosolはもともとドイツ人が立ち上げたベンチャーで、スタッフの国籍も10カ国以上と多様な環境でした。

 私はドイツ語がほとんどできないため、行政手続きや土地オーナーとの交渉などは同じチームのドイツ人が担当し、市場調査やメーカーとのやりとりを行っていました。

 日本に戻ってからは設計以外の部分はすべてやっていますが、私は日本人で日本語がネイティブなので、仕事をやっていて非常に楽だなと感じています。土地の貸し借りや役所の許認可は、いくらドイツ語が上手な外国人の同僚でも、細かいニュアンスや、相手に与える印象があるので担当するのがやはり難しかったりしますから。

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――海外で働くという志向を元々お持ちでしたか?

南原 大学に入るくらいの時から、海外で働きたいという気持ちがありました。それで学生時代に海外でインターンシップに参加しましたが、その時に海外で働くには単純に語学だけではなくて、仕事での専門性、能力が必要だと実感して、まずは日本で経験と専門性を磨くことを考えました。昨年ドイツで仕事していた時はそれまでにやってきたことが役に立ったと思います。

――言語の壁以外に困難はありましたか? またそれをどのように乗り越えられましたか?

南原 働き方が日本とは違うと感じます。例えば役割分担や権限が日本よりも明確になっていて、自分は自分の仕事をやるという形です。

 決まった時間のなかで、いかに効率的にやるかを重視しています。あらかじめ職務範囲に規定されていないような業務や部門横断的なプロジェクトを入れる時などは、優先順位付けなどで納得してもらうのが大変でした。

 日本のように全体でカバーするようなことは少ないかもしれませんが、その分、誰がいつ決定するかが明確になっているので、決めごとをしない情報共有の会議などは少なく、仕事の進むスピードは早いと感じます。

――震災後、再生可能エネルギーに世界中から注目が集まっていると思いますが、 その流れを実感することはありますか?

南原 世界というよりも、むしろ日本国内での流れが大きく変わりました。

 震災前でも、欧州やアジアのほかの国では再生可能エネルギーは注目を集めるだけではなく、実際にかなりのペースで導入が進み出していました。一方、日本ではあまり積極的に普及が進んでいませんでした。

 震災後にドイツから帰国して、日本でも多くの人が再生可能エネルギーに注目して普及を進めようとしていることを感じました。

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