興行収入ゼロでもいい!? 新聞社が映画出資する理由(4/7 ページ)

» 2011年12月22日 12時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

ヒット映画の製作委員会のメンバーは限られている

 ちなみに、ヒット映画の製作委員会のメンバーは限られています。テレビ局だと在京局と在阪局。雑誌社だと小学館、集英社、講談社、文藝春秋社、新潮社、角川書店。新聞社は積極的にやっているのは最近、朝日新聞社と読売新聞社、毎日新聞社くらいになりましたが、この3社。ラジオ局ではFM東京。取次では日販、そしてヤフーあたりでだいたいヒット映画の製作委員会は構成されているのではないかと思います。

 ここ10年前後でつちかった信頼関係の中での勝利の方程式というのがみんな何となくあって、同じメンバーでグルグル回っているような気がします。その一角に入るのが本当に難しいことで、毎日新聞社も『宇宙兄弟』には頼み込んで入れてもらったという感じです。

 もうすぐ日本映画製作者連盟から2011年の興行収入10億円以上の作品が発表になるのですが、その作品名に「製作委員会」を加えて検索すれば、先ほど申し上げた会社でほとんど成り立っていると言っても過言ではないくらいです。その中に今、新しくいろんな会社が入ろうとしているのが現状です。

 先ほど『毎日かあさん』の話をしましたが、「もっと早く原作権をとっておけばよかった」と思うことがあります。活字業界では新聞社より先に出版社の方が早く悪い時期を迎えたんですが、その時に彼らが一番目指したのは自社の原作を映画化することでした。その先駆けとなるのは小学館の『ドラえもん』だと思います。早くから入っていると、人間関係ができてくるし、実績もできてくるし、それに契約状況も違うんですね。

 原作権について、小学館の人と酒を飲みながら、「メモなんかとっちゃだめだよ」と言われつつ取材していた時、原作使用料は同じ作家であっても出版社が違うと異なってくると聞きました。もっとすごいのはビデオグラム。今度、ビデオやDVD、Blu-ray Discを手に取る時に見ていただきたいのですが、“発売元”“販売元”と分かれていることがあるんですね。多くの出版社、特に小学館は必ず発売元をとるビジネスをしています。そうするとビデオの利益も入ってくるんです。

 私もちょっと欲を出して、「ビデオの発売元をやりたいんですけど」と話したら、「DVD市場が今非常に苦しい中、毎日さんが発売元に入ったら、販売元はいなくなりますよ」と言われました。業界が盛り上がっていて高収益だった時に原作権をとっていれば、原作使用料が違っていたでしょうし、ビデオグラムの販売から得られる収入も違っていたでしょうし、ビデオグラムの発売元にもなれたかもしれません。

 「2005年に原作権をとっていれば良かったのに」という話は一緒にやっていた人と常に言っていることです。実績がモノを言う世界なので経験があるところに利益が入る、後発が不利だというのはどこの業界も同じだと思うのですが、これは映画業界の原作ビジネスでよく言われていることです。

 先ほどの出版社6社がうまく商売をやっているのはうらやましいなあ、先人がいるからいいなあと思うのですが、それはそれぞれの出版社なりに先人たちが苦労した結果です。

 小学館は『ドラえもん』『ポケットモンスター』『名探偵コナン』という必ず当たる3作品を持っています。最近は『神様のカルテ』(2011年)や『岳-ガク-』(2011年)のようなチャレンジングな実写映画にも手を出せるようになっています。私は小さな小学館になりたいと思っているのですが、なかなかなれないところです。

 集英社は小学館より少し遅れて入ってきたと思うのですが、『ONE PIECE』を中心にいい実績を残しています。

 講談社はここ2年くらい映像ビジネスに力を入れ始めていて、最近では『モテキ』『カイジ』『のだめカンタービレ』ですね。あまりヒットしませんでしたが、『一命』(2011年)では製作委員会の幹事会社として取りまとめをしたのですが、そこまで進出したということで、これから積極的に映画を作っていくんだということが外から見ても分かります。

 文藝春秋社は今まで映画出資をしていなかったのですが、最近始めました。あくまで私の推測ですが、文芸社の一番大切な仕事は作家先生を抱えていくということなのですが、出版から映像まで面倒をみますよというシフトチェンジをしたのかなと。憶測の域を出ないのですが、村上龍さんが電子書籍の会社を自分で立ち上げた時期と前後しているのは偶然じゃないと思っています。

 一方、新潮社は一切映画出資しないというスタンスです。より多くの作品をより早く映像化していくというビジネスに特化しているんじゃないかということが、周りで見ていて感じられます。版権を所持して手数料をとりながら作家を満足させていくというところで、文藝春秋社と新潮社は違ったスタンスをとっているため、この2社の成り行きは注目ということで、私もいろんなところで「この2社は最近どうなの?」と聞くようにしています。

 それから『源氏物語 千年の謎』の幹事会社である角川書店。『沈まぬ太陽』(2009年)なども作っているのですが、非常に書店への営業力のある会社で、グループ会社も含めてかなりの営業を書店に張り付けていることが、今回改めて分かりました。多分今、書店に行くと、(『源氏物語 千年の謎』主演の)生田斗真氏のポスターに見つめられるという状況になっています。

 またメディアミックスということで、先日『源氏物語 千年の謎』の関連書籍で夢枕獏氏の『秘帖・源氏物語 翁−OKINA』が発売されました。これは単行本・文庫・電子書籍同時発売というものでした。それ自体は珍しくないのですが、角川書店の電子書籍はニコニコ静画と提携していて、小説に一般読者が突っ込めるソーシャルリーディングという非常に思い切ったことをやられているんですね。角川歴彦氏ならでは、夢枕獏氏ならではということで、それが角川書店のすごみだと思っています。

ニコニコ静画で突っ込みが入っている『秘帖・源氏物語 翁−OKINA』

 角川書店はかなりネット関連企業と提携しているのですが、先ほど触れた『ワシントン・ポストはなぜ危機を乗り越えたのか』と同じようなことを今、やっているのかなと思います。この前、メディアファクトリーを買収してライトノベル市場で8〜9割のシェアをとったということで、「独占禁止法違反だな」という話を冗談でしたりします(笑)。そうした書籍の利益をうまくいろんなネットの会社に投資しているということで、角川書店がこれからどこに行くのかということも違った意味で注目だと思っています。

 30年前の「読んでから見るか、見てから読むか」から始まって、この6社あたりが原作使用料はいくらだとか、ビデオグラムの取り分は何%だとかを決めていった後、新聞社が映画出資に入っていきました。

 出版社で映画に関わった第一世代がちょうど定年になる時期なので、最近いろんな昔話を聞く機会があります。酔っぱらいながら聞いた話で、しかも小学館の人と話す時にはメモをとってはいけないというのが鉄則なので間違っているかもしれないですが、例えば小学館では最初は宣伝部に出資部門があって、映画がヒットしなくても「宣伝になったからいいじゃん」で片づけた時期があったそうです。その後、本が売れるなら販売局の利益でやりなよとなって、編集局が出資した時代もあるらしいですが、いろんなところを転々として、『ドラえもん』『ポケットモンスター』『名探偵コナン』という3本柱ができた後にマルチメディア局ができて、やっと自分たちの安住の地ができたころには定年になったということでした。

 活字の会社で映画をやるというのは、出版社でさえそんな感じなので、新聞社でも楽な仕事ではないというのがご想像いただけるのではないかと思います。毎日新聞社には社員が約3000人いますが、映画出資の事業に関わっているのは私と入社3年目の女性の2人だけです。ほかの事業も抱えながら、「こんなに仕事したくないのに」と言いながら契約書を読んだり、直したりして、1.5人分くらいが稼働しています。小学館でも、映画はビデオグラム部門合わせて社員7人という少ない人数でやっています。

 たまたまなのか必然なのか、去年から今年にかけて新聞連載から生まれたヒット映画が3本ありました。朝日新聞社の『悪人』、読売新聞社の『八日目の蝉』、毎日新聞社の『毎日かあさん』です。ちゃんとした原作がちゃんと映画化されるとヒットすると体感できたのが、この3本の作品だと思います。

 新聞や『サンデー毎日』のような雑誌で連載していたものが書籍化されて映画化されると、タイトルの認知は高くなりやすいです。朝日新聞社は初めて自社が原作権を持って映画を作ったのですが、「これだけビジネスメリットがあるんだな」と担当者が言っていたように聞いています。

 先ほど申し上げた通り、映画は作り始めたところにいないと利益誘導しにくいので、そういう意味でも朝日新聞社などは自社の原作を映画化していくことを積極的に行っていくでしょうし、毎日新聞社でも『毎日かあさん』のようなことをどんどんやっていかないといけないと思っています。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.