コラム
» 2011年05月13日 08時00分 UPDATE

吉田典史の時事日想:メディアは報じる、「震災で亡くなった人=美談」と (1/4)

東日本大震災が発生し、多くのメディアはさまざまな“美談”を報じてきた。震災で多くの人が命を失ったが、彼らの死を「かわいそう」「仕方がない」といった表現でまとめていいのだろうか。

[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)、『いますぐ「さすが」と言いなさい!』(ビジネス社)など。ブログ「吉田典史の編集部」、Twitterアカウント:@katigumi


 例えば、宮城県南三陸町の町職員の遠藤未希さんは当日、役場の防災無線を使い、津波から避難するように住民に呼びかけた。役場は津波にのみ込まれ、遠藤さんの行方は分からなくなった。遺体は5月2日、確認された。岩手県大槌 (おおつち) 町の加藤宏暉(こうき)町長は津波が来る中、防災会議の陣頭指揮を取っていたが、津波に流され、亡くなった。

 震災直後、2人に関する記事は「死ぬことを覚悟で職務を遂行した」と感じるような内容が目立った。一部の評論家やジャーナリスト、政治家はこの人たちの行為を「戦中戦後の日本の姿」などと称えたのだ。

 中には、第二次世界大戦中、特攻隊の出撃寸前のあの悲壮感を感じさせるかのような報道もあった。雑誌『週刊新潮』(4月7日号)では、特集「命を捨てて命を救った殉職者たちの物語」として、遠藤さんや加藤町長たちの死に至るまでを取り上げた。4ページにわたる記事の最後に「こうした“殉教者”たちの勇気と美徳によって救われた命が多いことも、決して忘れてはなるまい」と結ぶ。

 まるで軍人が身をていして市民を守ろうとする姿をほうふつさせる記述もある。例えば、「1人でも多くの命を救うべく危険を顧みず自らの命を投げ出し、そして捧げた“殉教者”たちがそこにいた」とある。

 確かに遠藤さんのアナウンスにより多くの人が避難し、助かった。だが、本当に死を覚悟し、職務を遂行したのだろうか。「命を投げ出した」という表現は、本人が意図した行為に思える。かつての軍人は「死ぬ覚悟」だったかもしれないが、私には遠藤さんや加藤町長らは「結果として亡くなった」と思えるのだ。ここに、私の問題意識がある。そこで今回は、「美談」として取り上げられた2人の死に至るまでを検証したい。

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