紀州南高梅を引き出物や香典返しに!? 販売チャネルを革新せよ――勝喜梅・鈴木崇文さん(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(4/5 ページ)

» 2010年07月23日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

「不変と革新」から見た勝喜梅の経営

 鈴木さんのお話をうかがっていて最も印象的なのは、故郷・和歌山が誇る紀州南高梅への惜しみない愛と誇りである。新しく社員を採用する際の条件として「この事業に愛情を注げる人」を挙げていることにも現れているが、単なる金もうけのための商材として南高梅をとらえるのではなく、どうすれば南高梅のすばらしさをもっともっと世の中に知ってもらえるか、という強烈な使命感を持って事業に携わっていることが実感されるのである。

 それはまさに1988年当時の勝喜梅創業の思いそのものである。2002年からの経営革新ではそれが改めて確認され、社内で共有されているのであろう。そして、それこそが現在の躍進の原動力なのだ。

 企業経営においては、どんなに環境が変化したとしても決して変えてはいけないこと(=「守るべきもの」、「不変」の対象)と、環境変化に即応して変えていかなければいけないこと(=「変えるべきもの」、「革新」の対象)とがある。前者としては「社会的使命」や「経営哲学」、さらには「メタ・コンピタンス」が挙げられる。それに対して、後者としては「経営システム」や「業務プロセス」などがあろう。

 この「不変と革新」への対応によって、私は企業を「卓越タイプ」「迷走タイプ」「時代遅れ・停滞タイプ」「自然消滅タイプ」の4つのタイプに分類している。

 「卓越タイプ」は守るべきものと変えるべきものとを的確に識別し、前者を貫徹するとともに、後者に関して非連続・現状否定型の革新を断行し続ける企業である。

 「迷走タイプ」は環境変化に即応して変えるべきものが存在するということを理解している点はいいのだが、守るべきものと変えるべきものとの識別に適切さを欠いている。そのため前者までどんどん変えてしまい、経営の方向軸があいまいになって、羅針盤を失った船のように迷走・漂流している。

 「時代遅れタイプ」は時代がどんなに変化しても守るべきものがあるということを理解している点は良いのだが、伝統は革新によってこそ生きるものであることを理解していない。そのため、変えるべきものを温存もしくは放置しているうちに時代から取り残されてしまう。「停滞タイプ」は守るべきものと変えるべきものの見極めが適切であったにもかかわらず、既得権益を有する旧勢力の抵抗で、変えるべきものに関して大胆な革新を断行し得ず、「現状延長+部分改良」で終わり、結局は環境変化に乗り遅れてしまう。

 「自然消滅タイプ」は守るべきものを貫徹するわけでもなく、変えるべきものに関して、革新を断行するわけでもない。それでも業界全体が浮揚しているうちは何となく業績も伸び、株式の店頭公開まで行く場合もあるが、「事業あって経営なし」の状態なので長期的な繁栄は期待できない。

 以上の観点から見た場合、勝喜梅の経営はどのように評価されるだろうか?

 中元・歳暮市場の縮小に対応して、低価格競争に一部参入したのを始め、同社の経営を著しく傾けてしまったどん底の時代は、まさに「迷走タイプ」であったと言える。「自分たちは何のために紀州南高梅の『特A』クラスを扱っているのか」という原点を見失い、守るべきものまで変えてしまって、結果、迷走・漂流したからである。

 それに対して、2002年に始まる経営革新と現在の躍進は、同社が「卓越タイプ」になっていることを実感させてくれる。自社の社会的使命としての「創業の思い」(=創業の原点)を守るべきものとして的確に把握し、これを断固貫徹しつつ、旧来の販売チャネルを変えるべきものとして、非連続・現状否定型の革新を断行し続けているからである。

 経営革新の成功によって、勝喜梅の経営は新しいステージへと移行し、それに伴って、同社をめぐる環境乱気流水準は一段と高まったであろう。新しい環境変化の中で、今後、同社が現在同様あるいはそれ以上の成長・発展を遂げることができるかどうか。

 それはひとえに不変と革新を的確に識別し、前者についてはこれを貫徹し、後者に関しては非連続・現状否定型の革新を断行し続けることができるかどうかにかかっていよう。すなわち、「卓越タイプ」であり続けることがサバイバルの必要条件だということである。

 そのためにも、鈴木さんの分身となりうる人々を社内でいかにして確保し、あるいは育成するかが、今後の大きなポイントになってくるはずだ。

人材育成に成功する中小企業は伸びる

 「その通りなんですよ。日本の多くの中小企業の最大の悩みは『人材育成』です。逆にそれに成功しているところは確実に伸びています。弊社でもいくつか手を打ち始めています。

 1つは『権限委譲』です。うちのような小さな会社だと、社内の会議には役員も社員も出席しがちになりますが、役員が出る会議と出ない会議とを明確に分けるようにしています。社員に仕事を任せる時には任せ切る姿勢が大切だと思うからです。本当に必要な、ごく限られた時以外は、余計な口を出さないということです」

 そして、その上で「責任は上がとる」という姿勢が明確な企業は社内が活性化し、時代の荒波を乗り越える強さを身に付けられる。何より人材が育つ。勝喜梅もまさにそれを志向しているということだろう(同社における任せ切ることが丸投げとまったく別物であることは言うまでもない)。

 「もう1つは、今年から販売チャネルごとに責任者を置くようにしました。ただし、その責任者は同時にエリアの責任者を兼務するのです」

 販売チャネルの責任者は、そのチャネルに関してすべてのエリアの情報を把握していないといけない。他方、エリアの責任者というのは、その地域内で動いているすべての販売チャネルに関して、情報を把握している必要がある。「蛸壺型の専門家はいらない。深いが、同時に広い見識を有する社員こそが勝喜梅の欲する人材である」という明確なメッセージである。

 それは言い換えるならば、「虫瞰図」的視点(=insect's eye view)と「鳥瞰図」的視点(=bird's eye view)とを合わせ持ち、両者を適宜使い分けることができる人材を求めているということだろう(「『上場しない』『失敗を奨励』という経営哲学――マルハレストランシステムズ・小島由夫氏(後編)」参照)。この施策を通じて、何人もの「鈴木さんの分身候補者」が育ってくることが期待される。

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