なぜベルクには人が集まるのだろうか? 新宿駅にある小さな喫茶物語(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(4/7 ページ)

» 2009年06月26日 07時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

低価格・高回転の「こだわり」の店へ

 井野さんは言う。「とにかく低価格・高回転の店にしようと決意しました。私自身にもともとアーティスト志向があるので(苦笑)、それが出ないよう自らを律して、ビジネスに徹しようと思いました」

 そして、尊敬するコンサルタント押野見氏からは、次のような指導を受けたという。

「『セルフは商品力だ。だからフードに力を入れろ』って言われたんですよ。

 当時は、セルフだと分かると面倒臭いと思われやすかったんですね。そのためセルフは、個人店では成功しないというのが、業界の常識になっていたわけです。

 そういうこともあって、私は、セルフでもよいから是非食べたいと思わせるようなものを出さなければって考えたんです」

 具体的には、どう対応したのだろうか?

 「まず、自分たちが食べたいと思えるような商品の開発を基本にしました」

 世の中には、生産者が自分では絶対に口にしないような食品も数多く存在する。自分は食べたくないが、顧客には食べさせ、それで収入を得るということだ。

 しかし、そんな世間を欺いたような経営は、いずれ馬脚を現わし、自滅を招く可能性が高い。そもそも、そんな人間に食品製造業や飲食業を営む資格などあるまい。

 そういう意味も込めて、ベルクではいち早く、生産者の顔写真を店内に掲示した。スーパーなどで一般化する以前のことで、「ベルクが最初」と言われるそうだ。

 井野さんは、著書でこう述べている。

 「その材料がどこからどうきて、どう作られているかが明らかでないのは、普段自分たちが口にするものだけに、奇異な感じがしました。そもそもそんな得体の知れないものをお客様に提供すること自体、飲食業を生業(なりわ)う者として、どこかまっとうな感覚を麻痺させないとできないことなのです」

 こうして「本物志向」「ディスクロージャー志向」「製造物責任志向」という現代の社会的ニーズに合致する価値観を先取りすることで、ベルクはその後、発展軌道に乗っていくことになる。

 新生ベルクとして、当初は朝夕のラッシュ時のサラリーマンをターゲットにして、軽食(コーヒー、ビール、ホットドック、タコス、トマトサラダ)を出したという。ビールは、夕方、サラリーマンが飲みに行く前に軽く飲んでもらうためである。

 メニューだけを見れば、ごく一般的であるが、前編で見たように、コーヒーも、ソーセージ類も、パンも、ビールも、味へのこだわりを貫いた逸品を、そろえていった。そして、それは、いずれも最高のタイミングで、最高の職人と出会えたことによるものだ。

 やがて固定客層ができるとともに、それを核にして、徐々に顧客は増えていった。最初はサラリーマンが中心であったのが、次第に老若男女を問わず、そして社会階層・職業を問わず、さまざまな人々が来店するようになっていった。

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