なぜベルクには人が集まるのだろうか? 新宿駅にある小さな喫茶物語(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(6/7 ページ)

» 2009年06月26日 07時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

 定期契約への改定を拒否したベルクを待っていたもの――それは、ルミネからの「退去要求」だった。2007年6月のことである。またも密室での圧力だった。

 「このことをニュースとして、お客様をはじめ、世の中の皆様に発表すべきかどうか、ずいぶんと悩みました。『立ち退き』というネガティブな言葉によって、取引先は引いてしまうでしょうし、お客様だって、そんな暗い雰囲気の漂う店になんて行きたくないですよね。

 それで躊躇(ちゅうちょ)していたんですが、その4カ月後、試しに『壁新聞』という形で、ちょこっと書いたところ、問い合わせが殺到したんです。

 それを踏まえて、2008年1月、ベルク店内に、立ち退き反対の署名用紙を出したら、1カ月半で5000人分集まりました」

 しかし、現実は厳しかった。同年9月、ルミネから文書が届いた。「2009年3月までに出て行け! そうでないと、家賃を倍にするぞ!」という趣旨だったそうだ。

 すでに広く知られていたベルクとルミネの問題は、ここに来て新たな局面を迎える。ベルクを愛するお客さんたちが、こぞってベルク支持を表明し、応援ブログなども立ち上がり、署名は、ついに1万5000人を超えた。ベルクのスタッフ(現在、社員9人、アルバイト30人)も結束し、その絆を一段と深めたことは言うまでもない。

 最近は、お客さんたちの圧倒的な支持を前にして、ルミネ側も少しずつ譲歩の気配を見せ始めているという。ベルク関係者やファンにとっては、薄日が差したような、少しだけ明るい兆しである。

 筆者にとって、とても意外だったのは、この件について語る井野さん、迫川さんの明るく、そして淡々とした態度だ。本来ならば、顔を真っ赤にして熱弁を振るって良い話なのに、あくまでも穏やかなのだ。

 それは「ベルクは、自分たちだけのものではない。お客さんたちのものであり、自分たちは、その一員である」ということを自覚した上での“晴れやかさ”なのかもしれない。

ベルクという存在―― それは「万華鏡」のようなもの

 今回、初めて井野さんと迫川さんにお会いし、お話をうかがってみて、ベルクという店にしかあり得ない「形容し難い魅力」を感じた。

 それをどう伝えたらよいか。正直、非常に苦しんだのだが、それをあえて表現するならば、「ベルクは万華鏡である」ということだ。

 老若男女を問わない、そして社会階層の如何を問わないベルクファンの存在。彼らは、1人1人、まったく異なる目的でベルクを訪れ、まったく違った満喫の仕方をしているだろう。人によって、ベルクというお店の「見え方」は違うのだ。

 そして、ほとんどの場合、彼らは(誤解を恐れず言うならば、)店内では「蛸壺化」していて、見知らぬ客同士で相互に交流を図るということがない。

 しかし、いったんベルクがルミネから追い出されそうだとなると、率先して署名用紙に書き込み、1人1人が、それぞれのやり方でサポートしようとする。

 ベルクを愛するその心は、なぜか、彼らの心の底流でつながり、それがパワーを生み出している。見え方は違っても、その魅力を慈しむ心は1つなのだ。

 視点を変えるならば、こうしたベルクのあり方は、日本伝統の「主客一如」の経営哲学とぴったりと合致することが、ここで改めて確認される。

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