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東日本大震災ルポ・被災地を歩く:

原発から20〜30キロ、住み続ける決断をした人々の声を聞く (2/4)

9月30日に解除された緊急時避難準備区域。原発20〜30キロ圏内で、計画的避難区域ではないこの地域。住み続ける決断をくだした人々の声を聞きに行くと、それぞれの思いがあった。

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Jヴィレッジ付近の警戒区域入口

 9月23日、福島県双葉郡広野町に向かった。広野町は人口5315人(9月30日時点)で、町全域が緊急時避難準備区域となっていた。3月11日の震災で沿岸部は津波で流され、死者2人、行方不明1人の犠牲があった。

 私はこれまで福島第1原発北側の南相馬市小高区、西側の浪江町津島には何度も行っていたが、南側の広野町には初めて訪れた。警戒区域の入り口には、Jリーグのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」がある。双葉郡楢葉町との境だ。


広野町にある警戒区域入り口。近くにはJヴィレッジがある

 「スポーツは喜びです」を基本理念に1997年に誕生したJヴィレッジは、佐藤雄平・福島県知事が社長を務める「日本フットボールビレッジ」が運営。会社概要を見ると、副社長には東京電力の皷紀男副社長、清水正孝前社長も取締役に名を連ねている。

 サッカー界初となるトレーニングセンターとして、サッカー界の人材を育てることを目的に作られたのだが、原発事故後スポーツ施設は閉鎖。一時は避難所となっていた。また、福島第1原発から20キロ圏内にあるため警戒区域となり、避難民は別の場所に移った。Jヴィレッジを拠点に活動していたJFAアカデミー福島は静岡県御殿場市に拠点を移し、4月から活動を再開した。現在、Jヴィレッジは原発事故の対応拠点と位置付けられている。


入り口で警備する警察官

 Jヴィレッジを取材していた知人のライターもいたが、この日Jヴィレッジは立ち入り禁止だった。警察官も数十人動員されており、入り口にいた警察官は震災当初、津波被害にあった地域に派遣され、遺体を見つけたこともあったという。この時期に警戒区域の警備となって、交代勤務ながらも24時間警備体制だと話してくれた。

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