同じような本が何冊も出てくるワケ新連載・出版社のトイレで考えた本の話(4/5 ページ)

» 2015年06月18日 08時00分 公開
[堺文平ITmedia]

過剰な「データ重視」が企画の多様性を殺す

 こうした「売れ筋テーマ」「ベストセラー著者」への集中には、いくつかの原因が考えられるが、まず前提として「本が売れなくなっている」ことがある。

 出版科学研究所の調べによると、紙の書籍の売り上げ(推計値)は、1996年の1兆1000億円弱をピークに20年近く前年割れが続いている。2015年1月発表のデータでは7544億円だから、約3割も市場が縮小したことになる。書店数も、同じく1999年の2万2000店あまりから、2014年はついに1万4000店を切ったという(アルメディア調べ)。

 電子書籍も合わせると、むしろ売り上げは増えているのではないかという見方もあるが、現状、出版社の少なくとも紙メディア関連の部署では「本が売れなくなっている」と切実に感じている人間がほとんどだ。また、取次(とりつぎ=流通業者)も出版社に「返品率を上げるな」と強く要望し、実際に仕入れ数自体が厳しく絞られている。

 こうした背景によって、企画検討の拠り所として、「データ重視」の傾向がますます、いや、過剰なほどに強まっているのだ。

 多くの出版社では、紀伊國屋書店と提携して、同社の全店舗での販売POSデータを見られる「Publine(パブライン)」(※)というサービスを導入している。ほかにも他の書店チェーンや、取次が提供するデータもある。これらのデータは出版社にとって最重要データのひとつだが、あまりにもここに依存しすぎて企画をつくることが、企画の多様性を奪っているという側面も大きいのではないか。

(※)紀伊國屋書店が早くからWebでのデータ提供サービスを始めていたことに加え、「比較的データが扱いやすいこと」「自社本のデータだけではなく、他社の刊行物のデータも見られること」などがあり、出版業界ではスタンダードなデータサービスの1つとなっている。

 例えばテーマについて、「いま、A社の広島カープを扱った本が意外に売れている」となったら、そのデータをもとに他社も大挙してカープ本をつくる。みんなA社本は見ているが、示し合わせてつくっているわけではないので、数カ月後には読者ニーズをはるかに上回るカープ本が乱立することになる(広島カープ自体はファンの裾野も広いが)。「王道」のテーマはすでに多くの類書が出ていることがほとんどなので、「意外に」売れているテーマほど、結果的に急な乱立が起こる危険性も高まる。

 本来であれば、その本を必要だと思ってくれる読者に、細く長く売れ続けていくようなよい本も、こうした突然の供給過剰に巻き込まれて、短時間で消費し尽くされ、結果、そのテーマ自体が短時間で飽きられてしまう。そうなってしまったら最後、いくらそのテーマで独自の視点の面白い本を出したとしても、読者からも書店からも「なんか古いよね」と思われるのが関の山。店頭にもまともに並べてもらえない可能性が高い。

 著者についてもそうだ。出版社内の企画検討会議では、「初めて本を出す(データがないので売れるかどうか保証できない)著者の企画はほとんど通らない」「面白そうな内容でも、データで直近の本が売れていない著者の企画は通らない」という編集部もある。特に、比較的、著者を選べる大手・著名出版社にこの傾向が強い。しかし、これは言い方を変えると「自社では著者を発掘しない」「他社が育てた市場を横取りする」「企画力より売れている著者を取ることが大事」と言っているに等しいのではないか。

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