株高円安は日銀の不熱心さを露呈させた――浜田宏一氏が語る金融政策のあり方(1/4 ページ)

» 2013年01月21日 00時35分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

 2012年12月に行われた衆議院選挙での政権交代後、安倍晋三首相の金融政策のブレーンとして内閣官房参与に就任したイェール大学名誉教授の浜田宏一氏。金融緩和によって適度なインフレを起こすことが景気回復につながるという“リフレ派”の代表的存在である。

 先日出版した著書『アメリカは日本経済の復活を知っている』で、世界中の中央銀行の考え方を紹介し、日本銀行を批判した浜田氏。1月18日に日本外国特派員協会で行った講演で、「2012年11月以降の株高円安は、それまでの日本銀行の金融政策が誤っていたことを示した」とコメント。今後について、日本の成長率を高めるため、より積極的な金融緩和を行うべきだと主張した。

イェール大学名誉教授の浜田宏一氏

日本銀行がエルピーダをつぶした

浜田 私は今、「どうしてこんなに経済政策は長い間、間違えるんだろうか」と非常に興味を持っています。米国の銃規制などを見ていると、普通の人が正しいと思うことが政治の過程ではなかなかうまくいかないことがあるわけですが、日本の金融政策がこれほどまでに長く、どちらかというと緊縮の方に15年間も続いてしまったということが非常に不思議に思えます。

 その理由の1つとして、政治家のいろんな利害などが妨げていたという考え方がありますが、もう1つに本当はみんなが理解していないんじゃないかということがあります。私は安倍晋太郎元外相ゆかりの安倍フェローというものになったのですが、そこで調べていたのは「どうして金融政策は間違えるか」ということです。

 学者とすればアイデアが重要だ、自分のやっていることがちゃんと理解してもらえることが一番重要だと思いたいのですが、なかなかそうはいきません。「インフレーションをわずかに起こすことが重要なんだ」といくら説いても、なかなか理解していただけない。日本のメディアはもちろんのこと、外国の新聞を見ても、「日本銀行のデフレはいいことだ」とたくさん出てくる状況です。

 経済成長のために、人口増は絶対必要です。しかし、「人口減がデフレの要因である」と言ったまともな経済学者はいないのですが、日本ではそれが盛んになって、日銀の白川方明総裁までそれに乗って喋っていた状態です。

 ただ、そういう状態をよく理解してくださる政治家が現れること、安倍首相が現れたことでアジェンダセッティングが全然変わってきました。そうなると私が一生懸命「これが重要です」と言わないでも、支持くださる方も増えてきたわけです。そういう意味では、アイデアより、ポリティカルリーダーシップが重要なのかもしれません。

 11月14日から株価が上がり、円が安くなりました。それまで日本の新聞はあらゆるところで「金融政策がきかない」と書いてきたわけですが、このような事実を見せられた時にそういう理屈付けるための経済学が間違っているということがだんだん分かってきたように思います。

日経平均株価の推移(出典:Yahoo!ファイナンス)
ドル円相場の推移(出典:Yahoo!ファイナンス)

 来週に入ると、日本銀行が何らかの意味で本当に金融緩和の手段を取るでしょう。今までほとんど何も手段を使っていないということ、白川総裁が言っていることは本当ではないとみんな分かってしまいました。(衆議院解散時に)将来首相になる人が金融緩和することにコミットしていることが分かったことで、これだけ株価が上がり、円も安くなったからです。

 私は東京大学の経済学部で、法学部や経済学部の将来、官僚や政治家になる人を教えてきました。ですから、そういう人たちの理解がないというのは、何か自分にも降りかかってくる感じがありますね。現在の政治家、日本の主たるジャーナリストなどは、不況の時には財政政策しかきかないんだという昔のケインズ経済学を絵ときで教えられていたんですね。もちろんケインズはいろんな意味で偉かったわけですが。それは固定相場制の時には正しかったと思いますが、変動相場制の時にはまったく正しくないわけです。

 難しい言葉ではマンデル=フレミング理論というのですが、経済学は完全雇用※ではないところでは財政政策※※も金融政策※※※も必要ですが、特に変動相場制では金融政策が主とならないといけないとなっています。これは200年くらいかけて経済学がやっと到達した知恵の1つです。それがどうも理解されていません。

※完全雇用……マクロ経済学上の概念であり、ある経済全体で非自発的失業が存在しない状態。
※※財政政策……国の財政の歳入や歳出を通じて総需要を管理し、経済に影響を及ぼす政策のこと。
※※※金融政策……中央銀行が行う金融面からの経済政策のこと。

 今、自民党の政策で一抹の不安があるとすると、「財政政策がないと金融政策はきかないのではないか」と思っている党の人、あるいは閣僚の一部も存在することです。私は金融緩和しても、何も効かなくなったという時に初めて財政政策が後押しをするという、副次的な役割をすべきだと思っています。財政政策を拡張した時に金利が上がってしまって、内需はあふれるけど、外需がその分だけ落ちてしまうということが起こらないようにするため、金融政策を十分にやらないといけないわけです。

 私はこの点については少し極端で、世界の学者、例えばクルーグマンは財政政策も日本で必要だろうと言っていますし、経済学者のマイケル・ウッドフォードなんかと話をしても、金利がゼロになってしまうと、やはり財政政策をやる必要があるだろうと世界有数の経済学者たちは思っています。ただし、財政政策を拡張して補正予算を作ってということになった時、また増税することになって、それが経済構造にゆがみを与えることを心配しています。

 しかし、東北の復旧が必ずしも十分にすみやかに行われておらず、またトンネルが崩れたりもしているので、国土強靭化とまでは言わないまでも、日本の国民のために絶対必要な財政支出は存在します。ですから、そういうものを質的に重点的に行うことが重要だと思います。

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