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» 2012年11月21日 08時00分 UPDATE

最年少政令市長が経験した地方政治改革(1):なぜ千葉市で政令市最悪の財政が生み出されたのか (1/3)

2009年に現役の市長では当時全国最年少、政令市長としては史上最年少の31歳で千葉市長に当選した熊谷俊人氏。若い力が必要とされた背景には約60年間、助役出身市長が続き、役所体質がまん延していた状況があった。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 2009年に現役の市長では当時全国最年少、政令市長としては史上最年少の31歳で千葉市長に当選した熊谷俊人氏。それまでの60年間、副市長(=助役)出身の市長が続いた千葉市は役所体質がまん延し、累積債務が危機的な水準となっていた。

 就任直後に脱・財政危機宣言を発した熊谷氏。人件費削減、外郭団体の統廃合、事業仕分けなどの歳出削減を行うとともに、市税徴収率増加、資産経営やサービスの適度な有料化と歳入確保を打ち出し、ようやく財務指標に好転が見られるようになった。

 野田首相の動向や国会審議の内容がトップニュースとなる中央政治に比べると、報じられる機会が少ない地方政治。そんな中、熊谷氏はTwitter(@kumagai_chiba)や書籍(『青年市長が挑む市政改革』)などを通じて、積極的に意見を発信してきた。この3年間の取り組みについて熊谷氏自らが振り返った講演の内容を、4回に分けてお伝えする。

※この講演は2012年5月22日に熊谷氏がグロービスで行った講演をグロービスの許可を得て記事化したものです。
ah_kuma1.jpg 千葉市長の熊谷俊人氏

ネット環境も整備されていなかった地方議会

熊谷 私は中学生くらいの時から政治に関心がありました。司馬遼太郎さんの本を読みながら国家のあり方などについて偉そうに考えていたのですが、高校時代に阪神・淡路大震災で被災して、生活レベルのことは地方行政が大きな役割を占めていると感じました。その時から、地方政治のことを考えるようになりました。

 メディアでは国政ばかりが報じられていますが、昔は地方政治に有名な人がいなかったので、もっとひどかったです。地方政治の情報がなかなか出てこなかったので、住んでいた地域の議会の傍聴をしながら勉強していきました。

 ただ、私は政治家の家系ではないので、政治家に立候補することはなかなかハードルが高かったです。就職活動では、インターネット革命の時代だったので、「インターネットで時代を変えるのに立ち合いたい」とNTTコミュニケーションズに入って、一生懸命、楽しく仕事をしていました。それで28歳くらいになった時、「このまま会社で仕事をしていると、責任ある立場になったり、結婚したりして、やめにくくなっていくんだろうな」と思いました。

 そんな中、29歳の時にあったのが統一地方選挙でした。会社を出るか出ないか悩んでいた時に、千葉市議会選挙で初めて民主党の公募があったんですね。「どうせ応募しても落ちるかもしれない」と思いつつ、とりあえず応募だけしてみようと応募したら通ってしまいました。最初は「これでいいのかな」と思っていたのですが、中に入ってから感じるのは地方政治は本当に人材が足りないんです。会社で普通に働けるくらいの人であれば、普通に通るんですよ。そういう世界であるくらい、人材が来ない。

 それで選挙に出て、いろんな体験をして、当選させていただいて、議会に入ったら、やっぱり古いんです。毎日古いことに出会って、そのころサポートしてくれた人たちから「熊谷さんは毎日怒って議会から帰ってくる」と言われたくらいです。

 最初、議会に入った時、「LANの口はどこですか」と聞いたら、「LANなんてありません」と言われて、「冗談でしょ」と言ったら、「いや、ないんです」と。「どうやってインターネットをやればいいんですか」と聞くと、「ADSLの契約を勝手にやってください」と。本当は「ファイルサーバはどこですか」くらいまで聞きたかったのですが、ないに決まっているので聞きませんでした。

 議員は情報が命なんですね。他市の状況も調べるのですが、昔のタイプの議員は、基本的に全部職員にやってもらうんです。インターネットを使える議員が当時、ほとんどいませんでしたから、全部職員任せです。他市の議会の議員が何人か調べるのも、自分でネットで調べたら3分くらいで分かるのに、職員を使っていました。「こんなことをやっていたらお殿様になってしまって何もできない」という実感がありました。ほかにも当時、議会は閉じた世界で、市民に情報を出す発想もまったくありませんでした。

 「これじゃあダメだ」ということで毎日いろいろやっていたのですが、特に千葉市はこれから申し上げますが、かなり問題のある状態がたくさんありました。それを変えないといけないと思っていましたが、民主主義ですから議会の過半数をとらないと変えられないんです。その中で少しは通したものもあったのですが、大きな流れは変えられませんでした。

 「次の千葉市長選挙で絶対我々側が出さなければ」と思っていた中、市長が贈収賄で逮捕され、その後継を決める選挙で「熊谷君やらないか」という話になって出ることになりました。

 私は1期半ばでこの年齢なので、選挙に当選した後、いろんな人から「どうやって出られたんですか」と聞かれたのですが、すごいことは何もやっていなくて、「熊谷君出ろよ」ということで、みんながまとまったんです。「相当、中でもめたんでしょ」と言われるのですが、幸いなことに一枚岩で選挙をやってくれました。

 そういう意味でも私はついていたと思いますが、そのあたりも含めて、今、どういうことをやっているのか、そしてそこから見える市役所や公務員の内部からではないと分からない点についてもお話しさせていただきます。

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