“読みやすい”だけじゃない! ビジネスノベルを知るための7作品ビジネスノベル新世紀(1/4 ページ)

» 2012年08月31日 08時00分 公開
[渡辺聡,Business Media 誠]
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渡辺聡(わたなべ・さとし)

神戸大学法学部(行政学・法社会学専攻)卒。NECソフトを経てインターネットビジネスの世界へ。独立後、個人事務所設立を経て、2008年にクロサカタツヤ氏と共同で株式会社企(くわだて)を設立。現同社代表取締役。大手事業会社からインターネット企業までの事業戦略、経営の立て直し、テクノロジー課題の解決、マーケティング全般の見直しなどのコンサルティングサービスを提供している。主な著書・監修に『マーケティング2.0』『アルファブロガー』(ともに翔泳社)など。


 「ビジネスノベル新世紀」の第1回、第2回では、「ビジネス書の一部でストーリー形式を採用する動きが出てきている」「アイキャッチ+読みやすさ重視の姿勢からイラスト活用、ライトノベル化が同時に起きている」というトレンドについてまとめました。

 →「もしドラだけじゃない! “ビジネスノベル”が増えているわけ

 →「ビジネス書+ライトノベル=“ビジネスライトノベル”の誕生

 その市場背景として、実用書、特にビジネス書の売れ行きが鈍っている傾向について言及しましたが、ちょうど先日、オリコン・リサーチが「2012年上半期書籍市場レポート」を発表したので、その内容をご紹介します。

 図を見ると、出版社はしんどくなった雑誌から単行本シフトを進めているが、単行本は前年同期比6.0%減とさえない、文庫は同1.5%減、コミックは同0.8%減と漸減しているものの健闘……と分野ごとに温度差はあるものの縮小傾向は変わっていません。

書籍売上額の半期推移(出典:オリコン・リサーチ)

 ジャンル別にみると、ビジネス書は前年同期比17.8%減。これはWebサービスの攻勢にさらされているガイド・地図の同22.8%に次ぐ悪さです。コミック、文庫を中心とした読み物の売れ行きが悪くないことを考えると、ビジネス書がストーリー化される(ノベリフィケーション)、あるいは事例は少ないですがコミック化されるという流れは需要変化への対応方針として店頭で起きている流れとも整合しています。

2012年上半期 BOOK 売上詳細(出典:オリコン・リサーチ)

 簡単に市場データをおさらいしたところで、今回はこれらの動きを具体的な作品構成やパッケージングの違いを読み解くことで整理していきたいと思います。

 ビジネスノベル、あるいはビジネスライトノベルを分類するに当たって、軸の取り方の1つとして次のようなものがあります。

(1)物語を読ませること、つまり小説であることを主目的としている

(2)ビジネス知識を伝えることを主目的としている

 (1)は、たまたま作品の舞台やテーマにビジネスを選んだものです。よって、ビジネスの参考になるというのは、おまけの結果となります。(2)は、読み手の理解を手助けして伝えるための道具として、ストーリー仕立てにする構成を採用しているものです。小説形態であるのは手段であり、物語としての面白さを実現することは、もちろん作るからには面白いものを目指して作られはしますが、第一目標ではありません。実務書として必要な説明プロセスや言い回しがあれば、物語上の違和感はあったとしてもしっかり説明することが優先事項となります。

 かつては(2)を目的として出版された作品は、ほぼなかったと言ってもいいでしょう。企業が販促ツールとしてキャンペーングッズにマンガ風コンテンツを採用する事例は伝統的にありますが(かく言う私も、とある企業のキャンペーン用に短編小説を1本書き下ろしました)、書籍という形で店頭に並ぶことはまれでした。

 そしてもう1つの軸として、キャラクターの強さというものも加えて、分類したのが次の図です。

 読みやすさ、入りやすさを意識した場合、良く採られる手法は、(A)文体をカジュアルにする、(B)図式図解化する、(C)ストーリーを持たせる、(D)キャラクターを立たせる、といったものになります。

 (A)(C)(D)を組み合わせると、軽妙なやりとりを志向することで読者を引っ張る会話劇という手法も生まれてきます。ビジネスノベルでなくても、西尾維新氏の作品群(特に物語シリーズ)や、ドラマや映画にもなった『謎解きはディナーのあとで』のように、話の筋はさておき、キャラクターの掛け合いの楽しさに大きな比重が割かれている作品が出版部数ランキングの上位に食い込んでいます。

 同じ傾向はビジネスノベルの分野でもみられ、最近になるほど軽妙でテンポの良い作品が出るようになってきています。こうしたことを踏まえて、このジャンルがいかに成立していったのかを個別作品を追う形で調べていきます。

経済小説の完成系の1つ:『ハゲタカ

『ハゲタカ』

 まずは経済小説としては一級品の完成度と言える『ハゲタカ』です。そもそもの市場規模がそれほど大きくないこのジャンルとしては異例とも言えるシリーズ160万部を叩き出しています。NHKで重厚なドラマとして映像化されたのも記憶に新しいところです。

 作りとしては、ビジネスの現場感はあるものの、あくまでドラマと人間模様を見せていくエンタテインメント作品です。連載第1回でも触れたように、小説として作られたものの、実務を踏まえて丁寧に作られた結果、一種のビジネスケーススタディとしても読めてしまう完成度に至った作品群に該当する典型例となります。古典的な小説として作られているため、キャラクター的な側面は強くありません。

 当たり前ですが、あくまで小説なので、図解や解説コーナーはありません。説明口調のセリフもありませんし、初心者がひっかかりそうな疑問やポイントを解説してくれるキャラクター配置を意図的に行っているということもありません。

 本稿では触れませんが、経済小説も重厚なテーマを扱うものから、ビジネスといっても身近な場面を切り取ったいわば“お仕事小説”とでも言えるものへの進出が目立つようになってきています。例えば、『図書館戦争』シリーズで知られる有川浩氏の『県庁おもてなし課』です。役所と地方振興という2つのテーマを取り扱った好作で、地方役所の観光行政担当の方々からの評価も良いようで、このほど映画化も決まりました。

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