“読みやすい”だけじゃない! ビジネスノベルを知るための7作品ビジネスノベル新世紀(2/4 ページ)

» 2012年08月31日 08時00分 公開
[渡辺聡,Business Media 誠]
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古典的なビジネスノベルの名作

 次は、キャラクターの強さで引っ張る最近の作りを採用していない、一種の古典とも言えるビジネスノベルのカテゴリーから代表的なもの2作品です。

ビジネスノベルの古典:『ザ・ゴール

 「ああ、そうだ。しかし、もうわかっていると思うが、『生産能力』を需要に合わせては駄目だ。需要に合わせないといけないのは工場の中での製品フロー、つまり流れなんだ。ボトルネックと非ボトルネックの間の関係、それから工場の運営方法についてはルールが九つあるが、いま言ったことはその最初のルールだ。もう一度言うが、バランスをとらないといけないのは生産能力ではなくフローなんだ」

 ステーシーは困惑した顔をしている。「すみませんが、まだよくわかりません。ボトルネックと非ボトルネックが工場のどこに関わってくるのですか」

 「それじゃ逆にこっちから質問させてもらおう。工場の本当の能力を決定するのは、この二つのリソースのうちどちらだと思うかね」

 「ボトルネックだと思います」ステーシーが答えた。(ソフトカバー版218ページより)

『ザ・ゴール』

 『ザ・ゴール』はビジネスノベルというジャンルの、ある種開祖とも言える1冊です。同書については読んだことがなくても名前は聞いたことがある、店頭で積んでいるのを見た、という人は多数いるでしょう。

 流れとしては、工場再生というストーリーを背骨として、スタッフやスタッフを支える家族の物語が並行する形でつづられます。そして、家族の問題と仕事の問題という2つの問題に板挟みにされた主人公アレックスが苦境を切り開いていきます。

 「小説としても面白い」との評価がありますが、分類的には(2)のビジネス知識を伝えることを主としたものです。枚数としては少ないですが、作業工程を整理した図表がいくつかおさめられており、ビジネステキストとしての雰囲気を持っています。レビューを見ても、ビジネス書や実用書としての評価判断が先に来ています。

在庫を理解するために登場人物たちが行うゲームを図にしている

 本書で取り扱うテーマは、TOC理論と呼ばれる工場を範囲とした生産最適化のフレームワークです。工場一個に閉じない、サプライチェーン全体についての適用検討については後のシリーズで語られており、本作はあくまで工場内部をどう上手く動くようにすればいいのかまでを範疇としています。

 経営や事業開発などもそうですが、全体論的な議論が必要なものは、理屈や枠組みだけ示してもいまいちつかみづらいところがあります。TOC理論もその際たるものです。この伝わりにくさを、実際の工場の立て直しストーリーによって、問題の把握から適用まで伝えることで、いかにこのビジネスツールが有効であるか感情的にも読者に訴えかけられる仕掛けとなっています。

 小説として見ると、典型的な海外小説の手触りと感じます。翻訳も(訳語の正確性について一部疑問をていしてる人はいるようですが)、小説としてとらえた場合、海外ミステリーやサスペンスを読みなれた人であれば特に違和感はないでしょう。翻訳もの特有の日本語の硬さもないことから、むしろ読みやすいだと思います。

経済小説ではなくビジネスノベル:『V字回復の経営

 五十嵐はざっと読み上げてから、問題を一言に要約した。

 「今のアスター事業部では、会社が何をやろうとしているのか、皆に戦略のストーリーが見えていないと思います。だから行動がバラバラになるのです」

 そして彼は、この現象を二つの原因に分けて考えたいと言った。

 「社員に戦略が見えないというときに考えられる第一原因は、戦略が『組織末端まで伝わっていない』という場合ですね」

 経営の意思が伝わらず、末端で社員が実行していないという状況である。

 これを五十嵐は、「『戦略連鎖』が崩れている」と呼んだ。昨日出てきた「価値連鎖」「時間連鎖」に次ぐ三つ目の造語だった(文庫版165ページより)

『V字回復の経営』

 『V字回復の経営』はミスミの会長である三枝匡氏が自らのコンサルティング、事業再生の経験をもとにまとめた、ほぼ実話の企業再生ストーリー。小説としての側面も強いですが、事業再生に携わるプロからも、本シリーズ三部作は大いに参考になるとの声が出ており、ビジネステキストとして研修などで採用されるケースも耳にします。

 本作が小説形式でまとめられた背景には、「再生の現場で実際に起きる生々しい雰囲気を伝えないと、企業が再生するには何が必要なのか、本当に変わらなければならないのは何なのかが伝わらない」ということがあります。あるいは、「チャートやきれいな整理図を上辺だけなでたものはかえって逆効果で意味をなさない」とまで言ってもいいかもしれません。

 「複雑にからまったしがらみ、そこに関わる人間関係の動きを描写して、読者が腹に落とし込めるようにしないと上手く伝わらない」というとらえ方は、前述の『ザ・ゴール』に似ています。個別知識ではない、全体論を取り扱う際にビジネスノベルという手法が生きてくることの証左と言えるでしょう。

 「小説の形式は採用するが、あくまでビジネステキストである」との意識が強いからか、本書にはチャートや整理図が多数掲載されています。それらはコンサルタントのまとめた企業分析資料や、業界分析資料によく似ています。

 また、章の区切りで「三枝匡の経営ノート」と称されたショートコラムがはさまれる作りとなっており、本編に入りきらなかった背景知識や総括的な解説として、描かれたストーリーをビジネスケースとして生かせるような補助線を提示しています。

改革に対しての人々のポジションを図で説明

 ストーリーは、不振になった企業に再生のプロがやってきて、見事事業が好転するまでを描いていくものです。あまり重くなり過ぎない経済小説と分類できます。『ザ・ゴール』もそうですが、会議や議論の風景が実際にありそうな形で記載されているのがポイントです。(1)に分類される作品だと、細かいくどくどとした話はストーリーを心地よく転がすためには邪魔になることから適時カットされていくものです。しかし、実際のビジネス場面を再現し、そこで起きることを描写して伝えることが目的、つまり(2)に該当する本書では実際に起きるであろうビジネスディスカッションを仮想体験できることが重要ということで、小説としては冗長となってはいますが、やりとりの細部まで残した形で描いています。

 なお、ビジネス実務に詳しい方であれば、本作で語られている考え方や経営のモデルが実際にミスミグループで実現され、さらに磨かれていることに気付くかと思います。作品中で出てくる「創って、作って、売る」コンセプトは、まさにミスミの経営そのものです。

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