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» 2012年02月07日 13時16分 UPDATE

“消えた原発記録”、訴訟が情報開示で果たす役割とは (1/3)

2011年末に毎日新聞が報じた、福島原発事故後の最悪シナリオを記した文書。「訴訟での文書提出命令申立てが情報公開のきっかけになったのではないか」と話すのが福島原発の安全性についての訴訟の原告となっている江藤貴紀氏だ。“消えた原発記録”が明るみに出た過程について、日本外国特派員協会で解説した。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 年末年始にかけ、原子力災害対策本部や事故対策統合本部などでの主要な会議の議事録が作成されていないことが判明。岡田克也副総理が、内閣府公文書管理委員会に経緯の調査と再発防止策の検討を要請している。

 その一方、福島第一原発の事故を受け、3月下旬に原子力委員会の近藤駿介委員長が最悪シナリオを記した文書※の存在が、昨年末に報じられた。「原発事故で作業員全員が退避せざるを得なくなった場合、放射性物質の断続的な大量放出が約1年続く」といった内容が明らかになったが、「訴訟での文書提出命令申立てが情報公開のきっかけになったのではないか」と話すのは、福島第一原発の設置許可処分無効確認訴訟の原告となっている江藤貴紀氏である。

 「国の原子炉設置許可が法律の要求する最低基準を満たしていたかどうか」「原子炉設置許可についての法律が憲法に違反していないかどうか」を争点として、福島第一原発の設置許可が無効であると国を訴えている江藤氏。どのような過程で、“消えた原発記録”が明るみに出たと主張しているのか。江藤氏は2月6日に日本外国特派員協会で行った会見で、訴訟が情報公開に果たした役割や、最悪シナリオの文書の意義について解説した。

※最悪シナリオを記した文書については、江藤氏は安全保障上の問題から公開を避けたが、1月末に情報公開請求をした佐倉市議会議員の藤崎良次氏が自身のWebサイトで全文を公開している
ah_etou1.jpg 福島第一原発の設置許可処分無効確認訴訟の原告となっている江藤貴紀氏

裁判所への文書提出命令申立てがきっかけに?

江藤 2011年4月7日に私が政府を訴えて、6月23日に東京地方裁判所で始まった裁判は、現在まで3回の審議で証拠のチェックが行われました。そして、恐らく2月9日に重要な判断が下されます。その点に関して、先日、政府から重要な証拠が出ましたので、内容と証拠の発見に至るまでの経緯をご説明します。

 そもそもこの裁判では私が勝訴するために2つの点を証明する必要があり、そのいずれもが争点となっています。

 その1つは私の安全が原子力発電所の事故によって大きな危険にさらされており、訴訟を起こすための資格があるかということ、次に原子力発電所の設置や立地が不適当であるかということです。

 これらのうち、今まで被告(国)側が全力で争ってきたのは前者の方です。すなわち、「東京に住む私の身の安全は220キロも離れた原子力発電所によって左右されるわけがない」という主張です。ここでもし被告の言い分が通るなら、「原告(江藤氏)の法律的な権利は福島原子力発電所によって影響を受けないので、訴える資格がない」という判断が下されます。

 つまり、被告はもっと困難そうな後者の点、すなわち「地震と津波で大爆発を起こした映像が世界中で流れた原子力発電所の設計と立地が妥当であったか」という極めて難しい証明を回避しているわけです。

 そして、この前者の争点については私と国側の法律家が激しく争っていた2011年秋に、とても興味深い報道がなされました。それは総理大臣を辞めた直後の菅直人氏のインタビューです。NHKやいくつかの新聞に対して、「政府は3月11日の後、国民の安全を十分に確保するため、今後の被害を予測するための科学的なシミュレーションを行っていた」と語っていました。

 これがもし本当なら、私にとって非常に有利な話でした。なぜなら「私の安全が脅かされている」と証明するために、そのシミュレーションの内容を援用できるかもしれなかったからです。

 そこで、私は11月14日午後、裁判所に政府が証拠を提出するように命令を出すことを要請しました。これはディスカバリ(米国の裁判などでの証拠開示手続き)に似た機能を果たす強力な手段で、文書提出命令申立てと呼ばれます。

 そして翌日の11月15日にここに写しのある裁判記録にある通り、「1月31日までに文書の保持と特定について検討させてもらいたい」という旨の返答が法務省からなされました。この瞬間、政府の持っている最悪のシナリオを示す文書提出の実質的な締め切りが決まったのです。これは総理大臣の職務秘密に関する文書なので、民事訴訟法223条3項の規定に従い、東京地方裁判所から内閣へ直接その通知がなされます。それにより、この時点で閣僚はこの申し立てを受けたことを知ったはずです。

 そして40日後、多くの人が幸せな気分でいて、新聞にあまり注意を払わなさそうな12月24日のクリスマスイブの土曜日の午後、あまり売れていない毎日新聞夕刊の端でこっそりと「東京が壊滅的な打撃を受ける可能性がある」という内容の文書の存在が報道されました。2011年3月に菅直人前総理が細野首相補佐官を通じて、原子力委員会の近藤委員長に出させた報告がみなさんの目の前にあるこの文書です。

ah_etou2.jpg 最悪シナリオを記した文書を持つ江藤氏

 しかし、それから菅さんが総理を辞めるまでの6カ月間、また野田さんが総理になってからの3カ月間、合わせて9カ月間、この文書の存在は表に現れませんでした。また、公文書として政府に登録されたのも、2011年12月末からです。それまでは消えた文書でした。

 実は以前にも公的年金の記録が消滅して、“消えた年金記録”という問題が世間を騒がせましたが、今回は“消えた原発記録”という問題が起きたわけです。いくつかの報道によれば、不思議なことに「これは公務ではなく、私的に作成した文書だ」という混乱した言い方が政府関係者からされました。原子力委員会の委員長が総理の指示を受けて作った文書ですから、どう考えてもこれは政府の文書です。

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