“社会起業家”は結果であって、目的ではない――ルワンダ発フェアトレード事業の内側世界一周サムライバックパッカープロジェクト(1/4 ページ)

» 2012年01月17日 08時00分 公開
[太田英基,世界一周サムライバックパッカープロジェクト]
世界一周サムライバックパッカープロジェクト

太田英基(おおた・ひでき)

世界一周中のバックパッカー。1月5日現在、デリー滞在中。1年半で40カ国以上の訪問を予定。若者の外向き志向の底上げのため、海外で働く日本人を訪問したり、旅の中で気付いたことや発見したことをWeb中心に情報発信しながら旅をしている(サムライバックパッカープロジェクト)。学生時代に広告サービス「タダコピ」を立ち上げた元起業家でもあり、根っからの企画屋。Twitterアカウント「@mohideki」では旅の様子をリアルタイムに発信している。

 →目指せ世界一周!「サムライバックパッカープロジェクト」とは?


 前回のサムライレポート「大虐殺は昔の話、ルワンダで環境専門家として働くということ」でご紹介したルワンダの三戸俊和さん。

 実は三戸俊和さんのパートナーである三戸優理さんもパワフルな方だったので、今回はサムライバックパッカープロジェクト初のご夫妻のレポートということになりました!

 優理さんも俊和さんと同じく、環境分野の専門家としてルワンダで活動中。バナナ栽培が盛んなルワンダで、バナナ繊維事業のプロジェクトを行っていたり、フェアトレード事業である「Ruise B」(ルイズビィ)にも現地代表として取り組んだりしています。ルワンダの首都キガリでお会いした優理さんは、いつも笑顔を絶やさない素敵な方でした。

三戸優理さん

環境ビジネスに携わった後、ルワンダへ

――自己紹介とこれまでの歩みについて教えてください。

三戸 東京都練馬区生まれの東京育ちです。団塊ジュニアの私たちの世代は、振り返ると大学入学まで、常に試験というプレッシャーに追われていたような気がします。

 入学試験にことごとく失敗し、こうした試験では常に落後者だった私は、一時期かなり自信を喪失していた時期がありました。が、アルバイトや大学時代に知り合った社会人との交流などを通じて、社会との接点が持てるようになると、自分も何か社会に役立てることがあるかなと思えてきました。

 試験はだめでも、面接ではまず落ちたことがない強み(?)を生かし、運よく通った環境系の政府系法人に就職しました。

 5年ほど勤めていましたが、中でも自分の中でやりがいがあったと思えたのが、福島原発近郊での政府などが関与して建設した産業廃棄物処理施設の設置事業の進行管理でした。

 事業の資金規模も大きく、現地の公共セクターの方や地元の技術者など、さまざまな人とのやりとりを通じて進めるというプロセスも勉強になりました。そのころ、環境共生型工業団地設置など産業と環境が共存できる方法についても関心を高めていました。

 夫と結婚後、夫とともに同じカナダの大学院に留学。環境共生型の工業団地モデルの研究や、持続可能な地域経済発展の手法などについて調査研究を行いました。

 日本に帰国後、環境負荷削減を上流(原料調達)から行うための産業界を中心としたグリーン購入の普及に関する国際的な連携、ネットワーク作りに携わりました。

 その後、中小企業の環境支援などを行うための環境コンサルタントの資格を取得後、NTTドコモの統合型環境マネジメント体制作りの側面支援も行いました。

 環境以外の分野では1年少々、在住外国人のためのITを使ったエンパワーメントに関わるマイクロソフトの社会貢献プロジェクト実施のコーディネーターをやったこともあり、日本社会を労働力という形で支えている人たちの実情を知るとともに、彼らの労働状況の改善や、地域社会との接点の向上に役立てられるような間接支援を行いました

 2007年3月には、夫が国連開発計画(UNDP)のルワンダ事務所でのポジションを確保し赴任したため、夫の赴任4カ月後の2007年7月3日のルワンダの独立記念日の直前にルワンダに移住しました。

 ルワンダに赴任する前、在日ルワンダ大使などとも会合を持ち、求められているプロジェクトなどを聞き、ルワンダに行って始めることを考えていました。

 まずは、自分の環境分野での専門性を生かし、環境プロジェクトを立ち上げるべく、植林とバイオ燃料のプロジェクトの実証実験を全国7カ所で開始しました。しかし、日本の確立した商慣習とは全く違う時間感覚や約束の考え方にかなり戸惑い、一緒にやっていけるパートナー探しに苦労しました。

 また2008年の5月ごろから、「ルワンダのバスケットを輸入したい」と問い合わせしてくださった静岡市の小澤里恵さんと一緒に新会社RuiseBを立ち上げ、2009年4月にキガリ市と16の生産者組合と覚書を結び、ルワンダのバスケットの輸入事業を開始しました。

 2008年10月には、バナナ収穫後の幹からとれる繊維から工芸品や布地を作るプロジェクトが、多摩美術大学のバナナテキスタイルプロジェクトチームのルワンダ訪問によるプロジェクトの紹介をきっかけに、政府、地元繊維会社、科学技術大学のイニシアティブで発足。その後、ルワンダの労働力開発庁がプロジェクトのコーディネーションをやる役割となり、自分がそのコーディネーター役を担うことになりました。

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