コラム
» 2011年11月11日 08時00分 UPDATE

優れて抽象的な思考は優れて具体的な行動を生む (1/3)

「その話は抽象的だ」は、ネガティブな意味で使われる。しかし、人間が抽象化能力をなくしたら、示唆に富んだ豊かで深い話ができなくなる。何でもかんでも「具体的に」という流れはむしろ思考の短絡化を招く危険性をはらんでいる。

[村山昇,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:村山昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレート コンサルティング代表。企業・団体の従業員・職員を対象に「プロフェッショナルシップ研修」(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)を行なう。「キャリアの自画像(ポートレート)」を描くマネジメントツールや「レゴブロック」を用いたゲーム研修、就労観の傾向性診断「キャリアMQ」をコア商品とする。プロ論・キャリア論を教えるのではなく、「働くこと・仕事の本質」を理解させ、腹底にジーンと効くプログラムを志向している。


 私は企業の現場で研修を行ったり、本を書いたりすることを生業としている。研修担当者や出版社の編集者と内容について討議をする時、いつもせめぎ合いになるのが、「どこまで抽象的にやって、どこまで具体的にやるか」という問題だ。

 「本当に重要なことは抽象的にならざるをえないし、抽象的に考える習慣を付けさせることが真に受講者や読者のためになる。いや、それを超えて、組織や社会を良くするためのものになる」という(憂いを含む)思いの私。

 それに対し、「明日からの職場で生かせる具体的な行動例を示してやらないと受講者の満足度が上がらないんです」「値段に見合う実効的なハウツー情報がないと本っていうのはなかなか売れていかないんです」と担当者・編集者。

 もちろんその抽象と具体のバランスを取って、良い内容に仕上げるのが私の仕事なので、その努力は惜しまないつもりだが、昨今ではバランスを取りようもなく、何でもかんでも具体化の方向に傾いていっているという危惧を覚える。

 例えば、私は部課長クラスの管理職に向けた「個と組織を強くする対話力研修」をやっているが、この研修の意図は、部下と仲良しになる会話術を教えることではない。対話という協働作業をするために、管理職自らがどんな「観」を醸成し、何を語るべきかを自問させることにある。そして、そこから部下とともに共有できる目的をどう構築できるのかを考えさせることにある。

 いみじくも、ピーター・ドラッカーが 「どのように話すかという問題が意味を持つのは、何を話すかという問題が解決されてからである」 (『プロフェッショナルの条件』より)と書いたように、部下と話すテクニックは二の次、三の次問題なのである。

 だから私は、「よい仕事とは何か」「よい協働性とは何か」「よい組織とは何か」「残業は是か非か」「自律的であるとはどういうことか」「転職は会社への裏切りか」「金儲けは目的か手段か」など、抽象度の高いテーマで討議課題を与え、受講者の観を揺さぶり、各自が語るべき何かをつかみ取れるよう仕向ける。

 しかし、受講者の研修後アンケートとなると「面白い論議はできたが、実際の職場にどう結び付けていいのか分からない」という意見がぽつぽつと出る。そのため、プログラムの中に、「部下のやる気を引き出す上司のフレーズ集」とか「部下との個別面談の仕方」といった即効的な実践アイデアものを挿入することになる。すると、如実にアンケートの満足度スコアはアップする。ただ、私はこうした対症療法的なハウツー情報はあくまで付録程度に留めることにしている。

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