記者クラブを閉ざしてきた、大手メディアの罪と罰烏賀陽弘道×窪田順生の“残念な新聞”(6)(4/4 ページ)

» 2011年04月15日 08時00分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]
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タイマーはセットされている

烏賀陽:今、全国紙は追い詰められています。まさに崖っぷち。ウルトラCの手を打っていかなければいけないのに、なんでこんなに無策なんでしょうね。

 50歳前後の記者は「ウチの新聞社はあと10年は大丈夫でしょう」と言っている。そして40歳前後の記者は「たぶん20年は持つだろう」と(笑)。なんだか1945年5月前後の日本の状況みたい。「日本はあと1カ月は大丈夫だ」「いやあと2カ月は大丈夫だ」。みなさん自分に都合のいいように現実を解釈している。でも“敗戦”はもう決まっている。

窪田:ハハハ。

烏賀陽:ただ「ウチの新聞社はあと10年は大丈夫だから、何もしないでいい」と考えるのは、とても危険だ。すでに負けモードに入った組織に身をあずけるということは、自分の人生を“敗戦処理投手”として送るということ。それは人生にとってむなしいことです。そのことに気付いていない人が多い。

 よく会社が不採算部門を整理したり、従業員の数を減らしたりすることを「リストラが急ピッチに進んでいる」と表現する人がいますが、全国紙は「坂道を転げ落ちている」と言ったほうがいい。加速度がついている。これからの5〜10年、「会社に裏切られた」という記者が増えていくかもしれません。

窪田:日本が敗戦した時、「あのとき『日本は大丈夫』と言っていたじゃないですか」と国や政府に対して騙されたと感じた人は多いでしょう。それと同じように、新聞社がいよいよやばいとなったら、「あのとき『会社は大丈夫』と言っていたじゃないですか」と会社に騙されというような「被害の声」をあげる記者も出てくるかもしれない。

烏賀陽:ハハハ。考えたくないけれど、それが現実的なシナリオですね。

窪田:その一方で、戦時中も「日本が負けたあとのこと」を考えていた政治家や知識人はいた。

烏賀陽:吉田茂のように。

窪田:そうそう。全国紙の記者でも「沈みゆく船の中で、次のキャリア」のことを考えている人はいる。しかしそれは少数派で、多くの人はのんびりしている。「負けるかもしれないけど、とりあえず船には乗っておこう」といった感じで。しかし実際に沈んでしまって大あわてする人が多いかもしれない。

 全国紙の記者は育ちのいい人が多い。そういったタイプの人は、自分の属する組織を盲目的に信じる傾向がありますから。

烏賀陽:全国紙の幹部たちは「オレが○○新聞社の看板を消した」という立場になりたくないはず。例えば5000人にいる従業員が、300人になっても新聞社の看板を守っていくでしょう。つまり新聞の題字を消さないために、なりふりかまわない行動に出るのではないか。そのなりふりかまわない行動のタイマーは、すでにセットされていると思う。

 →続く

2人のプロフィール

烏賀陽弘道(うがや・ひろみち)

1963年、京都市生まれ。1986年に京都大学経済学部を卒業し、朝日新聞社記者になる。三重県津支局、愛知県岡崎支局、名古屋本社社会部を経て、1991年から2001年まで『アエラ』編集部記者。 1992年にコロンビア大学修士課程に自費留学し、国際安全保障論(核戦略)で修士課程を修了。1998年から1999年までニューヨークに駐在。 2003年に退社しフリーランス。著書に『「朝日」ともあろうものが。 』(河出文庫)、『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 』(岩波新書)などがある。

窪田順生(くぼた・まさき)

1974年生まれ、学習院大学文学部卒業。在学中から、テレビ情報番組の制作に携わり、フライデー、朝日新聞、実話紙などを経て、現在はノンフィクションライターとして活躍するほか、企業の報道対策アドバイザーも務める。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術 』(講談社α文庫)などがある。


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