取材相手の顔を見ない、“タイピング記者”が増えている相場英雄の時事日想(2/3 ページ)

» 2011年03月03日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

 ある大企業でスキャンダルが発生した。当該企業のトップは引責辞任に追い込まれ、兼務していた業界団体の会長職も辞することになった。

 筆者は業界団体の辞任会見に出席するようキャップに指示された。これは既定路線であり、会見原稿はベタ記事が確実。筆者はいやいや会場に顔を出した。しかし、会見開始直前にキャップの意図を察した。

 会長に陪席する企画や広報のスタッフの表情がすさまじかったのだ。日頃、愛想良く取材陣に接していたメンバーたちが、文字通り鬼の形相に変わっていたのだ。当時、この企業はライバル企業の画策により信用が地に墜ちたばかりだった。

 業界団体の会長職についても、異例の任期途中での降板に追い込まれていた。ライバル企業同士の暗闘は先輩記者から詳細を聞いていたが、小説や映画のひとコマのようで、いまひとつ実感が湧かないと思っていた。それだけに、陪席したスタッフの表情が強く印象に残ったわけだ。駆け出しだった当時の筆者に、キャップがそれを体で覚えさせようという配慮だったのだ。

安易な速報化が招く記者の劣化

 長々と記してきたが、筆者が強調したいのは、会見の主、あるいは取材相手の表情や仕草、細かな口調の変化を見逃してはならない、ということだ。

 毎日開催される官房長官の会見にしても同じことが言える。PCと睨めっこしたまま、機械的に発言をキーボードに打ち込むだけでは長官の真意、あるいは嘘は読みとれない。

 家族や恋人の調子の善し悪し、あるいは嘘をつくときの癖を知っているという読者は少なくないはず。記者という職業は、取材相手の細かな変調を見逃さず、これをとらえて真相にたどり着き、読者や視聴者に伝えるのが仕事だ。

 だが、昨今の会見場をみる限り、取材相手の表情を凝視している記者は数えるほどしかいないように見受けられる。

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