取材相手の顔を見ない、“タイピング記者”が増えている相場英雄の時事日想(1/3 ページ)

» 2011年03月03日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 首相官邸で毎日開催される官房長官会見、あるいは大企業の業績発表の様子がテレビのニュースで映し出されない日はない。さまざまな会見で、記者席にいる報道陣の大半がノートPCで必死に会見を記録しているのを目にした読者は多いはず。速報が命の通信社だけでなく、新聞・テレビがいち早く情報を伝える態勢を強化していることが“タイピング記者”急増の背景にあるのだが、筆者はこの傾向に強い危機感を抱いている。

ノーコメントの真意

 筆者が現役の記者時代、こんなことがあった。某公的組織同士のキリキリとした交渉事の取材だった。

 筆者は一方の組織のキーマンをベタ張りするよう先輩記者から指示され、夜討ち朝駆けを繰り返した。だが、交渉が難航するにつれ、キーマンの口は堅くなるばかり。しまいには、筆者や他社記者の顔を見るなり、仏頂面で「ノーコメント」としか言わなくなった。時間と労力の無駄と判断した筆者は、先輩にベタ張りの意味がないと主張した。キーマンの自宅の電話番号はもとより、携帯電話の番号も押さえていたことから、電話取材で十分だと思ったからだ。だが、先輩の答えはノーだった。

 やむなく筆者は張り番を続けたが、他社の記者は減るばかり。静まり返った住宅街で、先輩記者を秘かに恨んだ。

 ある日の深夜、件のキーマンが帰宅した。他の関係者を当たっていた同僚記者からの情報では、交渉は依然として難航していると聞かされていた。一応、「ノーコメント」のひと言だけでも言質を取らねば記者クラブに入れてもらえないため、いつものように交渉の進展具合を尋ねた。

 案の定、いつものように「ノーコメント」。だが、2週間近くずっと仏頂面だったキーマンの表情が一変していた。今まで眉間に深い皺を刻んでいた御仁が破顔一笑、にこやかに「ノーコメント」と言ったのだ。筆者は直ちにこの情報を先輩に伝えた。ベテラン先輩記者が他で裏付けを取り、結果的に交渉事の決着と詳細を他社に先んじて報じることができた。筆者が電話取材で済ませていれば、仏頂面が笑顔に変わった機微をとらえることができなかったのは言うまでもない。

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