コラム
» 2011年02月21日 08時00分 UPDATE

ちきりんの“社会派”で行こう!:医者と患者、すれ違う前提を越えて (1/3)

専門家と一般人とでは、あることについて考える上での前提が異なっていることがあるというちきりんさん。医療を例に、そんなすれ違いについて解説します。

[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2009年6月3日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 ずっと前に、ある高名な医者の方が退任記念講義をされた時の話を雑誌で読みました。その方は集まった教え子たち(大半はベテランの医者や研究者)に向かって、「これまでの自分の誤診率は約14%であった」と話されたのです。

 会場からはどよめきが起こりました。その後、この話は外部にも伝わり、一般の人たちもまた、衝撃を受けました。

 しかし、会場でのどよめきと一般の人が受けた衝撃は異なるものでした。会場にいた医者たちはその誤診率の“低さ”に驚いていたのに対し、一般の人たちはその分野で一流と言われた高名な医者の誤診率の“高さ”に驚いたのです。

 この話からは、両者の持っている前提が大きく異なっていることが分かります。今回は医療分野の専門家と一般人の持つ前提の違いについて書いてみます。

最先端医療技術で病気の原因は必ず分かる!?

 体が不調で病院に行き、さまざまな検査をしたのに原因が分からなかった時、「高い金を払って検査したのに無駄金を使った。ヤブ医者だ」的な不満を持つ人がいます。

 一般の人は往々にして、「人間の体の仕組みは科学的に解明されている」もしくは「最先端医療技術をもってすれば病気の原因は必ず分かる」という前提を持っているのでしょう。

 しかし残念ながら、実際にはまだ人間の体の仕組みなど、解明にはほど遠い状態です。医療行為の多くは対症療法(原因を治しているのではなく、症状を緩和させることが目的)だし、胃にガンができた時に外科手術で胃を摘出するのは、「胃がんが治った」のではく「治せないから切り取った」だけです。多くの病気がいまだ治せないのは医者のせいではなく、私たちの科学レベルの話なのです。

 「分かってないことも多い」ということを前提とすれば、「検査をしたのに原因が分からなかった」としても、一概に無駄な検査とは言えません。

 なぜなら検査によって、もともとの「●●という病気ではないか? という仮説」は否定できたのです。分からないことに関しては仮説検証を繰り返す、別の言葉で言えば「トライアンドエラーで正解を探していく」のが1つの方法論です。そういうプロセスにおいては仮説の証明だけではなく、仮説の否定も検査の重要な成果と言えます。

 でも、中には「医者が仮説を検証するためにトライアンドエラーでいろんな検査をしていく」という概念自体、受け入れがたいと思う人もいるでしょう。「オレの体はおもちゃじゃねーぞ」と思うのかもしれません。

 しかし、今のところは、一番ありそうな仮説(発生頻度の高い疾病ではないか?、症状から判断して最もありそうな疾病ではないか?)から順に疑って調べていくしか方法がないのであれば、患者側にできることは「医者ができる限り早く正しい仮説にたどり着けるよう、症状や状況を詳細に、間違いなく、ビビッドに伝え、トライアンドエラーに貢献する」のが自分のためになると言えるのです。

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