グーグル&ソニー、テスラ&トヨタの提携が示すもの川上慎市郎の“目利き”マーケティング(1/2 ページ)

» 2010年05月25日 08時00分 公開
[川上慎市郎,GLOBIS.JP]

「川上慎市郎の“目利き”マーケティング」とは?

グロービス・マネジメント・スクールでマーケティングを教える川上慎市郎氏が、企画の成功率を高める「目利き」の方策を探るシリーズ。毎日手に取る商品から、新しいサービス、気づかず消費者が誘導される購買行動まで、川上氏ならではの新しい視点でコメントします。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2010年5月21日に掲載されたものです。川上氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 2010年5月の第4週には、2つの刺激的なプレスリリースがありました。1つはソニーとグーグルとインテルが、グーグルの携帯用OS「Android」を組み込んだ「インターネットTV」を秋から発売すると発表したこと、もう1つはトヨタ自動車が米電気自動車ベンチャー、テスラ・モーターズに5000万ドルを出資し、業務提携したと発表したことです。

 この2つのケースは、日本のエクセレント企業と海外のベンチャーという組み合わせの提携(in-out)として、よく似ています。モディファイの小川浩CEOは、「ソニーの決断は中長期的には裏目に出る」、一方、トヨタについては「彼らの業界内のプレゼンスを下げることにはならない」と予想しています。

 ソニー、トヨタのそれぞれの提携に対する思惑とは何で、その行く末はどうなるのでしょうか。小川氏の論考をたたき台にして、少し検討してみたいと思います。

トヨタ&テスラの提携:棚ぼたで「イノベーションのジレンマ」を乗り越える

 まず、トヨタのテスラ・モーターズに対する出資と提携の意味を考えてみましょう。トヨタの豊田章男社長のコメントによると、まず「電気自動車開発での提携」、そして「トヨタのテスラに対する5000万ドルの出資」、そして「GM・トヨタの合弁工場であったNUMMIの工場の買収」とあります。プレスリリースによると「提携の中身や範囲は実はまだ決まっていない」とのことなので、要するにこの提携はNUMMIカリフォルニア工場の譲渡と5000万ドルの出資という2つの事案が軸であることが分かります。

 NUMMIはGM側の都合(2009年の国有化)で合弁の解消と工場閉鎖が決まった企業なので、どちらかというとテスラへの譲渡と共同生産は、トヨタにとっては半分くらいは「地元雇用対策」といった色合いが感じられます。

 5000万ドルの出資については、テスラは2003年の創業時にすでにベンチャーキャピタルやエンジェルなどから1億ドル以上の資本を調達し、その後も独ダイムラーなど大手企業も含めて、多くの投資家から2億ドル近い投資を受けているとされています。さらに、2009年7月には米政府に新工場建設のための250億円の融資を申し込んでいたとの情報もありますから、恐らくトヨタは 5000万ドル程度ではテスラの主導権を握るほどの株式を得ることはできないと思われます。

 つまり、テスラが250億円で新工場を建設する代わりに、稼働停止した工場の中身をテスラ向けに造作し直すための50億円の「のし」をつけて譲渡したというのが実態で、それだけではあまりにもトヨタとしても得るものがなさ過ぎるので、「ぜひ業務提携もさせてほしい」となったのではないでしょうか。

 こうして見ると、一見華々しい提携であるにもかかわらず、何やらGM国有化のあおりという「棚ぼた」がきっかけであり、その中身にもまったく戦略的な意図があったわけではないようにも見えますが、必ずしもそうとだけは言い切れないでしょう。

 テスラが現在発売、または今後の発売を予定している電気自動車は、いずれもかなり高額なものばかりで、2012年に発売される一般向けのモデルですら、 3万ドル(約300万円)とされています。10年以内のスパンで見れば、ガソリン車やハイブリッド車のコスト・パフォーマンスに到底かなうものではありません。また、現在販売されている「ロードスター」は、電池重量が450キロと、通常のハイブリッド車(電池重量は40〜50キロ)、電気自動車(三菱i-MiEVで200キロ)に比べて、まるで電池が走っているような重さです。これでは実用的とは言い難いでしょう。

 しかし、10年以上のスパンで見れば、テスラのような電気自動車がガソリン車を代替していく可能性はあります。そしてその時重要になるのは、バッテリー制御のソフトウエアといった「クルマの中」の技術よりも、その外側の社会インフラ(充電設備の標準化と普及や、電気自動車に対する法規制対応など)の部分がどのようになるかということの方です。なぜなら、「電気自動車を作る」こと自体は、テスラのような大企業でない企業にもすでに可能だからです。もちろん、トヨタは(それを今すぐ使って製品を作るかどうかはともかくとして)テスラ以上にうまく電池を作る技術も持っているでしょう。

 しかし社会インフラの部分は、トヨタだけでルールを決めて作れるものではありません。トヨタがもし、米国の政府や社会が評価し支援しようとしている電気自動車ベンチャーと敵対すれば、そうした社会インフラのルール決めの部分にトヨタ自身が足がかりを作る余地がなくなります。トヨタ自身がビジネスを電気自動車にいきなり完全にシフトすることはなかなか難しいでしょうが、テスラのようなベンチャー企業への出資を通じてトヨタが電気自動車ビジネスの足がかりを得ることはできるでしょう。市場が十分大きくなってから自分が参入できる余地があることが、大企業にとっては重要なのです。

 こうしてみると、トヨタがテスラに出資したことは、まさに、クレイトン・クリステンセンの言う「イノベーションのジレンマ」を乗り越えるために提唱している「本業がまだ堅調なうちに、新成長事業を所定のリズムで買収する」という手法の実践と言えます。自分の現在のビジネスを根本からくつがえしかねない新ビジネスへの政治的な足がかりを得るための布石が、たったの5000万ドルという、テスラが株式を上場してからでは交渉すら難しかったほどの投資額でできたということは、短期的には大した意味を持たないでしょうが、中長期的にはとても大きな意味があると思われます。

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