グーグル&ソニー、テスラ&トヨタの提携が示すもの川上慎市郎の“目利き”マーケティング(2/2 ページ)

» 2010年05月25日 08時00分 公開
[川上慎市郎,GLOBIS.JP]
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ソニー&グーグルの提携:オープンなプラットフォームでコンテンツビジネスを加速させる

 さて、それではソニーとグーグルの「インターネットTV」について、考えてみましょう。こちらは「中長期的」とか言ってる場合ではない、半年先の新製品についての提携です。

 小川氏は、「ソニーはこの提携により、クラウドコンピューティングおよびタッチスクリーン型のネット端末のソフトウェア技術をGoogleに依存すると決めた」と述べています。また、「両社の共通敵はAppleです」とも言っています。そして、「IT事業はソフトウエアが命」であるがゆえに、ソニーの決断はむしろ将来の弱体化につながるのではないかと懸念を示しています。

 テレビやモバイルといった分野において、「クラウドコンピューティングおよびタッチスクリーン型のネット端末」において、日本でも世界でも大ヒットしているiPhoneやiPadを擁するアップルが先行していることは、事実でしょう。そして、ソニーの発売しようとしている「インターネットTV」というのが、直接的な意味でiPadやiPhoneと競合するかどうかはともかく、プレスリリースを読む限りでは「魅力あるコンテンツにいつでも、どこでも、簡単にアクセスできる商品」という定義上、上記のような端末の一種であることも事実であろうと思います。

 で、問題なのはそういう端末のソフトウェア技術にグーグルのAndroidを使うということが、果たしてアップルとの競争における「ソニー自身の弱体化」につながるのか、ということでしょう。これに正しく答えるためには、そもそもソニーはアップルと何について競争しようとしているのか(裏返せば、アップルはソニーやそのほかの企業と何について競争をしていると考えているのか)、そしてそれは本当に重要なポイントなのかということが、明らかにされなければなりません。

 ソニーはもともとはAV機器の会社でしたが、2009年度の決算を見ると、映画・音楽・金融以外のすべての事業が赤字となっています。つまり、彼らの現在の利益の大半はコンテンツ事業から生じています。もともとの事業であるAV機器(現在は「コンスーマプロダクツ&デバイス(CPD)事業」は、売上高こそ3兆2277億円と最大ですが、前年度に比べてなんと20%も減少し、収益改善の努力が追いつきません。これに対して、コンテンツ(映画・音楽)ビジネスの売上高は1兆2000億円と堅調で、利益も800億円近くと倍増しています。この収益の中には、YouTubeでその人気に火が付き、日本の紅白歌合戦にまで出場するなど世界中で話題になった英国のスーザン・ボイル氏のアルバム売り上げなどが含まれています。

 つまり、非常に極端な言い方をすれば、ソニーにとって事業収益構造から見たテレビなどのAV機器は、もはや「コンテンツを売るためのプロモーションツール」でしかなく、プロモーションツールであればそれらしく売り上げをもっと伸ばし(=端末でコンテンツを消費する人の数を増やすのに貢献し)、それによって同時に赤字を最小化してほしい(利益まで計上しろとは言わない)というのが経営的な位置付けであるわけです。

 この文脈から言えば、ソニーは小川氏の言うような「IT事業」の会社でも何でもなく、むしろコストを最小化できる(=グーグルのソフト技術をそのまま使う)方法でネット端末を作るという今回の戦略的提携は、極めて理にかなったアクションであると言えます。

 つまり、本当の意味でソニーが競争しなければならないのは、コンテンツビジネスです。そしてこの分野で近年急速に伸び、ソニーを脅かすまでに巨大化してきたのが、音楽のネット直販サービス「iTunes」を抱えるアップルです。

 アップルの戦略とは、「自分たちのコントロールするコンテンツ流通チャネル(iTunes)に最適化された端末を普及させることで、コンテンツの販売を伸ばす」ことです。アップルは、iTunes以外のコンテンツ・プラットフォームを普及させるために、iPhoneやiPadを売っているわけではありません。このことを如実に示したのが、アップルのスティーブ・ジョブズCEOが4月末に自社ウェブサイトに掲載した「iPhoneOSがアドビのflashをサポートしない理由」というビデオ声明でした。

 コンテンツのネット販売のリーダー企業としてのアップルは、自社チャネルにすべてのコンテンツを引き込むため、端末からDRM(著作権管理)のソフトウェアまでを、クローズドで垂直統合な仕組みとして維持しようとしています。ソニーがこれに対抗するために取るべき戦略は、アップルとは別の新しいクローズなビジネスを立ち上げることではありません。グーグルのAndroidのようにオープンな仕様のソフトウエアを担ぎつつ、自身はそれ以外のコンテンツ流通で収益を上げるように全力を上げることです。

 ソニーにとって、それはブルーレイ・ディスクを使った大容量のパッケージコンテンツの販売であったり、テレビのネットワークに対するコンテンツ販売収入です。そして、テレビのネットワークに対するコンテンツ販売を促進する上でカギになっているのが、スーザン・ボイル氏の歌でも分かるように、ネットでのプロモーションであったり、ネット上のテレビ番組配信サービス(Hulu)の普及であったりするのです。

 こうしてみれば、ソニーがグーグルと提携するのはむしろ遅すぎたくらいの話であり、しかも彼らの主力ビジネスである映像・音楽のコンテンツビジネスを大きく前進させる意味のあるアクションであったことが分かるかと思います。

 個人的には、ソニーにはこうした先進的なコンテンツの見られる便利なテレビを1台でも多く売り、日本のほかのコンテンツビジネスの企業にも奮起と競争をうながしてほしいと思っています。アップルのクローズドな仕組みにコンテンツ流通を握られることは、コンテンツにおける表現の自由の観点からもあまり望ましいこととは思えません。

著者プロフィール:川上慎市郎

早稲田大学政治経済学部卒業後、日経BPに入社。「日経ビジネス」誌記者として流通・自動車・家電・IT業界等の企業取材を担当。また複数のネットメディアのマーケティング企画立案と立ち上げ、システム開発等に従事した後、グロービスに入社。経営戦略・マーケティング領域のプログラム開発、講師を担当する傍ら、同社のネットメディア戦略の企画立案にも携わる。共著書に『WEB2.0キーワードブック』(翔泳社)、『売れない時代に売る 達人編』(日経BP)。


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