マイケル・J・フォックスから知った米国社会の現実――翻訳家 入江真佐子さんあなたの隣のプロフェッショナル(1/4 ページ)

» 2010年05月22日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]
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「あなたの隣のプロフェッショナル」とは?:

 人生の多くの時間を、私たちは“仕事”に費やしています。でも、自分と異なる業界で働く人がどんな仕事をしているかは意外と知らないもの。「あなたの隣のプロフェッショナル」では、さまざまな仕事を取り上げ、その道で活躍中のプロフェッショナルに登場していただきます。

 日々、現場でどのように発想し、どう仕事に取り組んでいるのか。どんな試行錯誤を経て今に至っているのか――筆者は、「あの人に逢いたい!」に続き、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏です。本連載では、知っているようで知らない、さまざまな仕事を取り上げていきます。


 映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」(全3部作)や「摩天楼はバラ色に」、テレビシリーズ「ファミリー・タイズ」「スピン・シティ」をはじめとする数多くのヒット作で知られるハリウッドスター、マイケル・J・フォックス。しかし、人気絶頂だった1990年、不治の難病パーキンソン病を発症。長い煩悶の期間を経て、1998年にこれを公表し、2000年には芸能界をセミリタイアした。現在はマイケル・J・フォックス財団を設立して、パーキンソン病の治癒方法発見に向け、進行する病と闘いながら精力的な活動を展開している。

 →ハリウッド・スターの光と影――マイケル・J・フォックス

翻訳家 入江真佐子さん

 この経緯を彼自らが口述筆記で描いた著作が、“Lucky Man”と“Always Looking Up”であり、いずれも発売されるや米国全土で大きな反響を巻き起こした。その後日本語にも翻訳され、『ラッキーマン』(2003年)に引き続き、『いつも上を向いて 超楽観主義者の冒険』が今春、発売され、早くも話題となっている。

 そこで今回は、両著作の日本語訳を担当された翻訳家の入江真佐子さんにお話を伺った。前回は、マイケル・J・フォックスの波乱に満ちた半生をご紹介したが、後編に当たる本記事では、入江さんご自身の彼の著作を訳出するに当たっての苦労話、そこから垣間見えてきたハリウッドや米国社会の姿、そしてまた、日本で意外と知られていない翻訳家という職業の実相などについてお聞きしてみた。


マイケル・J・フォックス「ラッキーマン」はなぜ日本で成功したのか?

『ラッキーマン』の新聞広告。読者からの感想が敷き詰められている(クリックすると拡大)

 前作『ラッキーマン』の日本語訳は、単行本と文庫を合わせて30万部を超える大ヒットとなったという。プロモーションの成功ということ以外に、どんな要因が考えられるだろうか?

 「正直言って、当初、そんなに売れるとは思っていなかったんですよ(笑)。当時、すでにマイケルはハリウッドスターとしては、第一線を去っていましたからね。でも、かつて映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』やテレビ・シリーズ『ファミリー・タイズ』などを通じてマイケルのファンになっていた人たち(多くは35〜45歳くらいの女性層)が『ラッキーマン』の読者になってくれたんです」(入江さん)

 この成功の要因として、私は、入江さんの訳文の、日本語としての正確さや美しさもあるのではないかと感じる。はっきり言って、翻訳物には日本語として読みづらいものが少なくない。日本語として意味が通らないような文章もよく目にする。それゆえ、翻訳物はあまり読まないという人々もいるくらいだ。

 しかし、「ラッキーマン」の日本語訳は、翻訳物であることを、しばしば忘れさせてくれる。これもまた読者を増やした要因ではないだろうか? 「ありがとうございます。私としては、正しく、分かりやすい日本語にすることを心がけています。しかし同時に、原著者の味や個性をいかに生かすかという点も大事だと思うんです。分かりやすいだけではダメで、この両者のバランスをいかに取るかがポイントだと思いますし、そこが翻訳の難しい点です」

 このたび日本語訳が出版された『いつも上を向いて 超楽観主義者の冒険』は、いかがだったのだろうか?

 「今回の著作では、医療の専門用語はもちろんですが、マイケルが政治や宗教について深く掘り下げていることもあって、長年、米国に住んでいる人でなければ分からないような固有名詞が多く、難しかったですね。自分自身が分かっていない内容を機械的に日本語に置き換えても、読者にはまったく理解できません。そこで、米国人のエキスパートに原書を読んでもらってアドバイスをもらったり、その事象のバックグラウンドをリサーチしたりして、翻訳にかなり時間がかかりました」

 たしかに、同書を拝読すると、米国社会の知られざる側面を、日本人読者に正確かつ分かりやすく伝えようという入江さんの配慮が垣間見られる。

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