「出版不況」という言葉を当コラムで何度も取り上げてきた(関連リンク)。書籍や雑誌の売り上げが落ち込む中、出版社や書店は懸命な努力を続けている。小説と漫画原作の執筆を生業としている筆者もこの忌まわしい言葉と日々戦っている1人だ。過日、某版元関係者と打ち合わせをした際、“手買い(てがい)”なる業界の隠語に接した。この言葉には、現在の出版不況の深刻さを裏付ける観測が潜んでいた。
「昨夜は都内◯△店で80冊、今日は午前中に地方の△◯店で90冊売れた。手買いは間違いないのだが、いったい何人のスタッフを動員しているのか?」――。
最近、出版社の編集部や営業部門の間で、ある小説をめぐってこんな言葉が盛んに飛び交っている。出版関係者が注目しているのは、全国チェーンの大手書店が運営する書籍販売に関するオンラインサービスだ。
このサービスでは、全国の店舗での売り上げ状況、購買者の年齢層、男女の内訳などが詳細に知らされる。編集者は自身が手がけた著作の売り上げ動向をチェックし、営業や販売担当者は、自社作品はもちろんのこと、他社の売れ筋商品を分析する。出版関係社にとっては、なくてはならない重要なツールなのだ。
冒頭の言葉は、最近発売されたある小説に関するもの。もちろんその中身は、筆者のようなヒヨっ子作家が足元にも及ばない優れたものなのだが、「売れ行き動向が不自然」(某中堅出版社営業担当)なのだという。
最近は、村上春樹氏の『1Q84』のような大ベストセラーがあり、1つの店舗で1つの作品が100冊単位で売れることは十分にあり得る話。
だが、件の作品については「売れているのは確かだが、『1Q84』並みの爆発的なヒット作ではない」(別の営業担当者)という。『1Q84』のような怪物級のヒット作のほかは、宗教系やビジネス書のヒット作で、1店舗当たり100冊単位の売り上げを記録することはあるようだが、小説では極めて異例なのだとか。
出版不況の度合いが一段と強まる昨今、この大手書店のオンラインサービスを通じて得られるデータでは「月に100冊売れればそこそこのヒット作」(同)とされる。しかし、話題を集める作品については、先に触れたように毎日大量の購買実績が出ているので業界筋の話題を集めている、という構図なのだ。
そこで関係者の間でささやかれているのが、この作品を手がけた著者やその関係者が自ら大量購入しているのでは、という観測なのだ。自らの手で買うので、“手買い”というわけだ。
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