コラム
» 2010年02月19日 08時00分 UPDATE

吉田典史の時事日想:「辞表」――。それはどんな意味を持っているのか (1/3)

「辞表を書いたことがある」というビジネスパーソンも多いだろう。しかし「上司が嫌いだから」といった理由で、会社を辞めたという人も多いのではないだろうか。そこで転職経験者に、辞表を出したときの考え方について話を聞いた。

[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)など。ブログ「吉田典史の編集部」


 15年以上前だが、当時、親しかった女性社員から尋ねられたことがある。「辞表を出すときって、どんな思いなの?」と。そのときの私は、このように答えた。

 「辞表は『あの上司が気にいらない』とか『会社が嫌だ』といった感情論で出すべきじゃない。『こういう生き方をしていく!』といった明確な考えを持ち合わせたときに、上司に渡すもの」

 この思いはいまも変わっていない。

 今回の時事日想は明確な考えのもと辞表を出し、その後は独立し、活躍している3人に話をうかがってみた。税理士の伊藤初彦氏、行政書士の嵯峨山政樹氏、社会保険労務士の鈴木祐一郎氏である。いずれも独立して10年未満であり、年齢は30〜40代前半だ。そんな彼らはどのような思いで辞表を出してきたのだろうか。

ワクワク感に近いものがあった

 伊藤氏は現在、名古屋で経営会計事務所を営んでいる。税理士であり、MBAホルダーでもある。大学を卒業後、銀行の関連会社に就職。そこでは手形や小切手の交換業務の仕事に携わった。だが、仕事はパターン化していて単調なものを感じたという。

 20代後半に差し掛かったとき、生まれ育った名古屋に戻り、会計事務所で働きたいと強く考えるようになった。そして28歳のとき、辞表を出した。

 「あのときは、ワクワク感に近いものがありました。学生時代に租税論と会計学を学んでいましたから、会計事務所で自分をもっと生かすことができると思ったのです」

 辞表を出したときに次の会社から内定を得ていたわけではない。それでも「不安はなく、焦りもなかった」という。その後は、会計事務所、一般企業経理課、法人会社の取締役で10年近く経験を積む。

 税理士として1本立ちするまでのいわば“下積み期間”――伊藤氏はどのようなことを考えていたのだろうか。この間を「それなりに苦しいこともありましたが、志すものが明確だったので苦痛ではなかった」と振り返る。そして39歳のとき、ついに独立をした。

 いまは企業コンサルティングなどに携わっているが、地元の大学生から就職相談を受けることもある。その場で、彼はこのようなことを言っている。「自分がやりたいことを追うのもいいが、まずは自らができることを見つけ、それを突破口にしていく」ことを勧めている。これは、伊藤氏が28歳で辞表を出したときからの考えでもある。

 私も伊藤氏と同じ考えだ。そもそも20代のころに「これがやりたい」といった明確な思いを持ち合わせている人は、どのくらいいるのだろうか。たとえ「やりたいこと」が見つからなくとも、そのこと自体焦る必要はない。いまは目の前の「できること」をしていけば、おのずと「やりたいこと」が芽生えるのではないだろうか。

 20〜30代前半のころは、自分が職場で貢献できることを着実に実行し、それを上司などに認めてもらい、足場を固め、次のステップに進んでいくことのほうがはるかに得策である。伊藤氏は、辞表を出すのは「次のステージに向けてステップアップしていくための門出」と言い切る。労働条件に必要以上にこだわることなく、自分ができることを探し、それで認められればおのずと会社員人生が好転していくことを強調していた。

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