「辞表」――。それはどんな意味を持っているのか吉田典史の時事日想(3/3 ページ)

» 2010年02月19日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3       

辞表について考えたことがありますか

 社会保険労務士の鈴木氏は大学卒業後、大手電機メーカーの関連会社に就職した。社員数は200人ほどで給与などの労働条件はそれなりによかったという。しかし仕事の面で物足りなさをしだいに感じ、ヘッドハンティングされる形で次の会社に移った。

 次の会社は小さな有限会社であり、いわゆるベンチャー企業。あらかじめ労働条件が悪くなることは覚悟していたが、いざ働くと想像以上に厳しかった。しかし小さな会社にいれば、早くから大きな仕事をまかせてもらえるメリットなども感じていた。それでもやがて不満が募り、さらなる転職を考えた。そこで人材会社に行ったのだが、担当者からこんなことを言われた。

 「大手の関連会社から現在の小さな会社に転職したことは、無謀な選択。キャリア形成を考えると、ステップダウンをしている」――。

 鈴木氏は「労働市場ではここまで自分の扱いが下げられるのか」と思うと、空しくなったという。自分としては、そこまで会社員としての評価が低いとは思っていなかったからだ。だが、切り替えが早かった。そこで会社員をしていくことに見切りをつけたのだ。

 「こういう小さな会社にいったん入ると、そこからなかなか抜け出すことができないと思ったからです。次の会社に行っても、あまり変わらないと感じましたね」

 その後は社会保険労務士の資格をとり、下積み期間を経て独立した。現在は企業の就業規則や賃金規定の作成、そして人事コンサルティングなどにも携わり、地元社会保険労務士会の副支部長も務める。さらに地ビールビジネスの開発にも取り組むなど、独自の起業をしている。

 「辞表を出すときには、自分がやりたいことがかなり具体的になり、それがイメージに沸いてくるほどにならないといけないでしょうね。あいまいな考えのまま、転職をしてもいい結果にはつながらないと思います。私は学生時代からの1つの夢が地ビール起業でした。ですから、いまはやりたいことができるという意味で満足しています」

 伊藤氏、嵯峨山氏、鈴木氏とも20代〜30代のときに迷いながらも、辞表を出し、次のステージに向かっていった。辞表を出すことは、自分との、そしてかつての会社との“闘い”なのだと私は思う。

 3人は決してそのような言葉を使わなかった。しかし「あとにはひけぬ意地」のようなもののほか、強い緊張感を感じた。彼らはおそらく、会社員のころからそれに近い思いを心に秘めていたのではないだろうか、とも思えた。

 最後に、あえて読者の方に聞きたい。「あなたは、辞表について考えたことがありますか」と――。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.