コラム
できる人とできない人の「めんどくさい」の違い (1/2)
仕事をしていて、「めんどくせー、この作業。やってられるかよ!」と感じることはあるだろう。この「めんどくさい」という感情、そして「やってられるかよ!」とほかに向けて発する表現……この一連の中に「できる人」と「できない人」の違いが明確に出ると筆者は主張する。
[寺西隆行,INSIGHT NOW!]
著者プロフィール:寺西隆行(てらにし・たかゆき)
Z会でWeb戦略統括を担う。石川県出身。
学生の方は勉強している時、社会人の方は仕事をしている時、「めんどくせー、この作業。やってられるかよ!」と感じること、あるかと思います。
しかし、この「めんどくさい」という感情、そして「やってられるかよ!」とほかに向けて発する表現……この一連の中に「できる人」と「できない人」の違いが明確に出ると思っています。
「めんどくさいこと」が「めんどくさい、けれど必要なこと」だったとします。例えば、↓などでしょうか。
学生
- 英単語や歴史用語の「暗記」
- 数学の(必要最小限の)数式処理
- 長い課題文を読まされること
社会人
- 経理伝票の精算
- 大量のメールのチェック
- 多くの人の共感を得て進めなければいけない案件で、多くの方の意見を聞くこと
これらを「やってられない!」と言い張り、そして「やらない」人はできない人ですね。
学生では、暗記、数式処理、「読む」という行為、それがないと次のステップへ進まないわけです。社会人では、お金の計算は面倒でも厳密にやるのがビジネス上大事ですし、メールのチェックをしなければ大事な案件を見落とすかもしれません。
そして、多くの人にネゴシエーションするのを怠ったり、最近の典型例では「一斉にメールして“意見ください”などと、すべてにおいてメールですませようとする」などしたら、連絡しなければいけない人との意思疎通が不十分になることもママあります。
必要なことを、ただ単に「手間がかかる」というだけで、「やってられない!」と言う、そして実際にやらないという人は、まずできる人ではありません。
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