「心不全」を信用してはいけない……訃報欄の裏に潜む人間模様相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年02月04日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『ファンクション7』(講談社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 佐渡・酒田殺人航路』(双葉社)、『完黙 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥津軽編』(小学館文庫)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 新聞の社会面下に、各界の著名人が亡くなった旨を告げる訃報欄があることをご存じの読者は多いはず。義理事に敏感な企業の総務関係者、クラブなど夜のお仕事に従事する人には必須の欄だ。彼らと同様、記者稼業にとっても訃報欄はマストアイテムなのだ。今回の時事日想は、筆者が経験した事柄、紙面活用法と併せ、訃報欄の具体的な読み方に触れてみる。

人間最後は心不全

 2〜3日に数回、あるいは1日数回の割合で、東京の主要な経済関係記者クラブには訃報に関するプレスリリースが投函される。企業の現役役員や団体の幹部クラス、あるいはOBが亡くなったことを知らせる広報文だ。

 記者側はその人物の世間での認知度、生前の功績などを勘案し、記事化するかどうかを決める。こうして書かれた原稿が本社の担当部署に集められ、訃報欄に載るというのが大まかな仕組みだ。

 筆者の現役時代、古巣の通信社には「訃報は年次が一番下の記者」というしきたりがあったので、駆け出し時代はリリースをもとに遺族に確認の電話を入れ、何度となく記事を書いた。確認という作業は、企業の総務や人事部が作るリリースは、緊急事態ということもあって誤字脱字が多く、遺族に故人の年齢や出身地などを再確認する必要があったからだ。

 閑話休題。

 筆者が日銀記者クラブに在籍していたころ、某銀行から訃報リリースの投函があった。筆者がいつものように遺族に確認を行ったあと、ある先輩記者が意外なことを言い出した。「死因に心不全と書いてあったら気をつけろ」――。

 当初、筆者は先輩がなにを言いたいのか分からず、首を傾げた。先輩の真意はこうだった。「ガンなどの難病を患っていたとしても、人間最後は心臓が止まる。すわなち心不全だ」。察しの悪い筆者がなおも釈然としない顔をしていると、先輩記者はこう言い切った。「自殺、愛人宅での心臓発作など、世間に知られたくない死に方をした際、心不全と記すケースがままある」

 断わっておくが、筆者は死者を冒涜(ぼうとく)するつもりは一切ない。またご遺族を中傷するような気もない。また、心不全と記されたリリースのすべてがそうだとは言っていない。ただ、企業や団体がリリースを出さざるを得ないような幹部やOBが亡くなった際、実際に先輩記者が触れたようなケースは確実に存在したのだ。

 なぜ先輩記者は「心不全」を気にかけていたのか。その理由はこうだ。

 訃報リリースの人物が大企業の次期社長候補だったり、財界の重職に就いているようなケースでは、「世間に知られたくない死因」がもとで、人事抗争が勃発したり、企業そのものの存続さえ危ぶまれるケースが出てくるのだ。企業や人様のアラを掘り起こすのが仕事の記者にとっては、格好の素材になるという構図だ(つくづく因果な商売だが……)。

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