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» 2009年05月13日 07時00分 UPDATE

右脳型銀行マンが左脳を使って物流を変えた――プラス ジョインテックスカンパニー 伊藤羊一さん (1/4)

「やると言ったら絶対にやる男」。ともに汗を流した同僚たちはそう口を揃える。36歳になってから、全く畑違いの物流の世界へと飛び込んだ元エリート銀行マン。文具・オフィス家具メーカーの流通部門で改革を進め、世界初と言われる試みにも成功した。胸にたぎる情熱は若い頃のまま。「最高の仕事を成し遂げて、感激の涙を流したい――」

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 伊藤羊一さん、41歳。大手文具・オフィス家具メーカーのプラスグループで、主に法人顧客を対象に通販事業を展開するジョインテックスカンパニーのオフィス用品ソリューション企画部長を務める。企画部の前は、マーケティング企画部、物流企画部に所属。2003年、36歳で転職して以来、所属した各部門で、大きな改革を成功に導いてきた。

ah_guro1.jpg 伊藤羊一さん

 前身は、いわゆる“エリート銀行マン”だった。新卒で日本興業銀行に入行し、同期160人の中で一番早く課長代理に昇進した。法人への提案営業で実績を積み、国際本部の担当者も務めた。行内の過半数が反対する融資案件を強い情熱を武器にして前に進め、結果として「第6次マンションブームの火付け役となった」と評されたこともある。

 人もうらやむ出世街道をひた走っていたが、30歳後半を前に「実績を作ることに、ある種の“飽き”を感じ始めた」。顧客をカネの面から支えるサポート役としてではなく、自らが現場で事業を創り上げる側に回りたい……。転職を決意するのと、バブル崩壊後の金融再編、興銀のみずほフィナンシャルグループへの統合が偶然にも時を同じくした。

 「粗利を1%上げて、物流コストを1%減らせば、利益が2%上がりますよね」。銀行マン時代には、そんな風に机の上から眺めていたビジネスを「もっと肌身に感じたい」と考えた伊藤さんは、転職に際し、自ら志願して物流部門に籍を置いた。財務部や経営企画部に行けば即戦力となれるのは分かっていたが、あえてリスクを取ったのだ。実際、物流の現場に立つと、見える景色は一変した。

 「例えばボールペンの発注があったら、物流センターでパートの方が実際にボールペンをピッキングしてこん包し、配送担当が夜、物流センターを出発して、朝にお客さんに届ける。それで初めて、1本100円という単位でお金が入ってくるわけです」

 1年半をかけて現場を見て回った伊藤さんは、2005年5月、物流企画部長に登用される。早速、物流のコスト構造改革に取り掛かるが、ここからが大変だった。

四面楚歌のプロジェクトリーダー

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 興銀からの転職先にと伊藤さんが選んだジョインテックスカンパニーは、通販事業「アスクル」で気を吐くプラスグループにおいて、法人顧客に対するコスト削減などの提案営業を付加した「スマートオフィス」事業を2003年に立ち上げ、成長している流通カンパニーだ。

 文具小売店の営業マンが顧客に対し、効率的な文具やオフィス用品調達のための試算をし、顧客はネットで商品を発注する。ジョインテックスは、スマートオフィスや環境に配慮した製品への切り替えなどのサービスを開発して文具小売店を指導、発注に用いられる約4万アイテムに及ぶ商品データベースを管理し、また、発注に応じて商品を翌日配送するロジスティクス機能を担う。

 伊藤さんが着手したのは、この事業における配送コストの削減プロジェクトだった。2005年5月当時、ジョインテックスの物流センターでは、文房具だけで年間25億円、オフィス家具なども合わせると40億円におよぶ配送費が使われていた。そして、その一方に、顧客からの受注を得るたびに、ダンボールがスカスカの状態のままこん包され、発送されている実態があった。

 例えば、ある顧客からファイルの注文があり、30分後、同じ顧客からボールペンの注文が入ると、これらはまったく別の注文と認識されて、2つのダンボールにこん包されてしまう。配送料はダンボールの数だけかかるから、同じ顧客からの注文を“名寄せ”できれば、コストは容易に削減できる。

 「一定時間が過ぎるまでこん包を止め、ダンボールの容積を一杯にしてから配送すればいいのではないか」。会議で出てきたアイデアに、伊藤さんは飛び付いた。「それだ! そうしよう」。実現可能性の多寡や起こり得る課題について充分に想定するだけの情報量や経験を持たない“物流素人”ならではの判断だった。

 「甘かったです。書籍のように同じような形、サイズの商品を取り扱っているのなら話は簡単ですが、ジョインテックスが扱っている商品は、消しゴムからトイレットペーパー、卓上棚まで、大きさも壊れやすさも多種多様なわけです。縦×横×高さという単純な容積計算で合算していったからといって、ダンボールがピタリと一杯になるわけではない」

 「商品の容積を指標に名寄せをするという発想自体は間違っていないはず」という直感を信じるあまりに、強引にプロジェクトを引っ張ろうとしたため、現場の物流センターや物流子会社には愛想をつかされた。伊藤さん、システム開発部長の長谷川治さん(51)、物流企画副部長原正人さん(52)。たった3人で、開発を始めた。

 センターの積極的な協力を得られないゆえに、システムの正確な要件定義からしてままならず、何とか作ったプロトタイプもまったく用を成さない。物流センターでのテスト稼働では、特定のアイテムの注文がダブったり、顧客への請求金額がめちゃくちゃな計算になってしまったりと、初歩的なエラーが頻発した。

 毎週金曜日になると、所沢の物流センターまで長谷川さん、原さんと3人、システムの試運転に出向く。「今週は成功しますように」と祈るが通じない。「ごめん」と、現場の人たちに謝りながらリカバリーの手伝いをし、深夜まで反省会。夜中3時ごろ帰路に付き、街道沿いのラーメン屋に立ち寄る。

 「また駄目だったなあ」。重苦しい雰囲気。疲れと悔しさで身体が重い。味も良く分からないまま、醤油ラーメンをすすった。「絶対いける。必ず成功する。諦めずにやりきろう」。伊藤さんは、絶対に弱音や愚痴は口にしない。ただ内心、覚悟を決めていた。「うまくいかなかったら責任をとって会社を辞めよう」と。

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