コラム
» 2009年03月06日 07時00分 UPDATE

出版&新聞ビジネスの明日を考える:週刊誌の記事が“羊頭狗肉”になる理由 (1/3)

週刊誌の記事が、どのようにしてできるのかをご存じだろうか? ときに世間を震撼させる週刊誌の記事は、記者・アンカー・編集者という“分業システム”によって、仕上がっていくという。

[吉富有治,Business Media 誠]

 米国発のリーマンショック。その大津波は太平洋を猛スピードで駆け抜け、あれよあれよという間に日本にまで押し寄せてしまった。波をかぶってアップアップしているのは、トヨタ自動車やパナソニックといった日本を代表する企業だけではない。これまで“不況に強い”と言われていた新聞やテレビ、雑誌などのマスコミ業界も講読と広告収入が激減し、いまや右往左往している現状なのだ。私もマスコミ業界の片隅に身を置く者である。それだけに今回の“マスコミ不況”を肌身で感じている。

 私はこれまで金融業界紙を皮切りに、地方紙や週刊誌の記者としてペンを握ってきた経歴を持つ。フリーランスになってからは、今は休刊となった『月刊現代』(講談社)のほか、『中央公論』(中央公論新社)や『フォーサイト』(新潮社)といったオピニオン誌にも署名記事を書いてきた。最近は、情報番組のコメンテーターに呼ばれる機会も多くなり、おかげでテレビ業界が抱える構造不況まで目の当たりにすることとなった。

 以上のような私の限られた経験から、これからマスコミ業界はどこへ行くのか。また生き残るチャンスはあるのか、などを論じてみたい。これまで長く身を置いてきた雑誌記者として、思うところを書いてみたいと思う。

主な雑誌の休刊

雑誌名 最終号
週刊ヤングサンデー 2008年7月31日
論座 2008年9月1日
株価四季報 2008年10月14日
BOAO 2008年11月7日
PLAYBOY(プレイボーイ)日本版 2008年11月25日
月刊現代 2008年12月1日
読売ウイークリー 2008年12月1日
Lapita(ラピタ) 2008年12月6日
編集会議 2009年2月1日
就職ジャーナル 2009年2月28日
広告批評 2009年4月10日
諸君 2009年5月1日
エスクァイア日本版 2009年5月23日

本当に週刊誌は二流なのか?

yd_gendai.jpg 2008年に休刊となった『月刊現代』

 さて、私が在籍していた週刊誌とは、写真週刊誌の『F』である。とはいっても、かつて5誌あった写真週刊誌は、相次いで廃刊や休刊に追い込まれ、残っているのはフライデーとフラッシュだけ。いまさら『F』といっても、まあ、あまり意味がないかもしれない。

 その写真週刊誌の専属記者として、私は10年以上も事件と向き合ってきた。金融の知識を生かして、ときには経済事件にも首を突っ込んできた。もちろん、フリーになったいまも『F』とは付き合いがあるし、発行元の系列週刊誌にも記事を寄せている。

 一般的に「新聞とテレビはメディアとして一流」といわれがちだが、本当に“一流”なのだろうか? 対して週刊誌は新聞の下……つまり二流に見られがちだ。週刊誌が二流という意見について、半分は正解。ただし、残り半分は誤解だ。週刊誌の中には二流どころか、一流をしのぐ大きな仕事をやり遂げている例も少なくない。これまでにも一部の週刊誌は、新聞やテレビに先駆けて、社会が抱える病巣に鋭く斬り込んでいる。“一流”のメディアが扱わない問題をあえて取り上げ、ひと足早く社会に警鐘を鳴らしてきた実績もあるのだ。

 ただし「週刊誌が二流」という声も分からないわけではない。ド派手なタイトルばかりが先行して、羊頭狗肉(ようとうくにく:見せかけが立派でも実質がそれに伴わないことのたとえ)の記事を書き飛ばす例も、実際は存在するからである。少し聞きかじった噂をウラも取らずに、さも事実であるかのように書き飛ばす週刊誌もある。

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