インタビュー
» 2008年04月25日 20時30分 UPDATE

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」:“入浴剤投入”発覚から4年――白骨温泉・若女将が語る「事件の真相」(前編) (3/4)

[嶋田淑之,Business Media 誠]

西麻布の広告マン夫人から温泉若女将へと転身

yd_shirahone5.jpg 齋藤ゆづるさん

 白船グランドホテルの若女将・齋藤ゆづるさんは、1960年、東京・目黒で生まれた。射手座のAB型。「小・中学校は地元の公立、高校は都立。インテリアデザイナー、もしくは広告関係の仕事に就きたかったので、地元の短大の生活芸術科に進みました。そのころは本当に、温泉の若女将になるなんて全然想像していませんでした」と笑う。

 卒業後はグラフィックデザイン会社、コピーライターのオフィスなどで短期間働いた後、プリント基板を作る会社で基板のパターンをひく仕事に就き、1983年、寿退社。「主人は、大学を出た後、上場企業に5年間勤務してから転職し、当時、東京の西麻布の広告代理店に勤務していました」。今なお、スマートでダンディな男性である。

 出産・子育てなど、専業主婦としての日々を送っていたゆづるさんに、やがて転機が訪れる。9歳年上のご主人が、父親の経営する白船グランドホテルの実務を行うことになったのだ(当時、常務取締役)。

 ご主人の父親(齋藤邦男氏・故人)は、白骨温泉の老舗・新宅旅館の“惣領息子”(=跡取り)だったが、跡目を弟に譲り、自らは白骨を出て別の仕事に就いていた。しかし、やがて白骨に戻り、新宅旅館の隣に、新たに白船グランドホテルを建設してその経営者になっていたのである。

 ゆづるさんのご主人は、白骨グランドホテルを継ぐものとして呼び戻されたということだ。ご夫妻は松本市に住み、毎日、車で往復3時間かけて白船グランドホテルに通勤した。しかし、日本経済がバブルで浮かれていた頃、東京の西麻布に居を構え、最先端のビジネス環境にいた齋藤夫妻にとって、あたかも時が止まったかのような、秘境の温泉地特有の前近代的で閉鎖的な環境は、決して馴染みやすいものではなかったろう。

 「2年後、主人が病に倒れ、歩けなくなってしまったんですよ。それで松本を引き払って、東京に戻りました」

 とはいえ、そのまま東京に居続けるわけにもいかない。ご主人の体調が落ち着いた1998年、今度は松本ではなく白船グランドホテルに居を構え、長男を東京に残して、まさに不退転の決意で温泉旅館の経営に当たることになった。そのために、夫妻は「旅館塾」にも通い、旅館経営のノウハウを学んだ。

 「経営の実権は、義父が社長として握っており、義母が女将をしていました。ただ当時は、地元の名士として旅館の仕事以外のお役も多くあり、留守がちでした」。いきおい齋藤ご夫妻が日々のオペレーションの中核になってゆく。すべてが初体験となる旅館のマネジメント。しかし、何より大きな壁となってご夫妻の前に立ちはだかったもの――それは、経営学で「よそ者拒否シンドローム」(=Not Invented Here!)とも呼ばれる組織抵抗、心理的反発ではなかったろうか。

 トップがワンマンの経営組織には、そのトップの性格を色濃く反映した「組織文化(=カルチャー)」が息づき、そこには強力な組織慣性が働いている。従って、新しい感覚を持った跡取り夫婦が乗り込んで現場のオペレーションをしようにも、そこに変化をもたらすことは難しい。スタッフたちには、オーナートップの方にしか目を向けていない人々もいたであろう。

 そういう意味で、やりにくい面があったと推察される。「そうですね。でも、忙しかったせいで、そんなことを考えているヒマもなかったのがかえって良かったみたいです」(ゆづるさん)

「白骨バブル」の到来と忍び寄る危機

 その間にも、確実に時代は動いていた。バブル崩壊後、平成大不況に日本全体が沈み、人々の心は疲れ、荒廃していた。それは、旅行に対する人々のニーズをも変化させた。まず企業の経営環境悪化に伴い、社員旅行などの団体客は急速に減っていった。それに代わって、夫婦や恋人同士、友人同士などの個人客が増えてゆく。

 この流れは、団体客による宴会や温泉街での遊興に重きを置いていた熱海温泉(静岡県)などの伝統的大型温泉地を衰退させ、その一方、癒しを求める個人客による“秘湯ブーム”を巻き起こした。ただし、秘湯ブームとは言っても、あくまでも、女性を中心とした都市生活者の好みに合致した温泉地が人気を博したのだ。

 例えば九州では、熱海タイプの別府温泉(大分県)に代わって、黒川温泉(熊本県)、湯布院(由布院)温泉(大分県)、妙見温泉(鹿児島県)などがブームとなった。黒川温泉は当時珍しかった「湯めぐり手形」を使った露天風呂めぐりが評判を呼び、湯布院は由布岳、金鱗湖(きんりんこ)など風光明媚な自然に包まれながら味わえる、軽井沢のようなオシャレ感・高級感が支持された。また妙見温泉は、ほとんど全室一軒家の離れという高級旅館が注目を集めたようだ。

 同様に本州でも、秋田県の乳頭温泉郷(特に鶴の湯温泉)や、長野県の白骨温泉、岐阜県の奥飛騨温泉郷を始めとする温泉群が、そうした都市生活者のニーズに適合する“秘湯”として顧客の高い評価を得たのである。

yd_season01.jpg 白骨温泉のWebサイト

 こうして“白骨バブル”は始まった。各旅行代理店の企画する白骨温泉ツアーは人気が沸騰し、新緑の頃から紅葉の季節まで、予約は極めて困難という状態が連年続くようになった。そして白船グランドホテルは、北アルプス・乗鞍岳中腹の大自然に囲まれながらも、大型かつ近代的な高級旅館として、同温泉の中でもひときわ異彩を放っていた。

 「見晴らしのよい露天風呂+サウナ」、「各部屋に温水シャワー付き便座&風呂」などの最新機能、「プロが選ぶ観光・食事・土産物施設100選」の食事部門に選ばれた食事、大型観光バスが直接乗り入れられる利便性など、女性を中心とする都市生活者のニーズに見事に合致していたのである。そして何より、身も心も癒されそうな「乳白色の湯」というキャッチコピーが、人々の心をときめかせたのだろう。

 観光経済新聞社(観光業界の専門紙として発行部数1位)では毎年、「人気温泉旅館ホテル250選」を全国の温泉から選定している。これに5回以上選ばれた宿に対しては「5つ星旅館・ホテル」の称号を与えているが、白船グランドホテルはその称号を得ており、この点からも、その人気沸騰ぶりがうかがえる。

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