活字で最も人気を集めるフォントは「宗朝体」らしい。宗朝体の特徴は、ちょっとタテに長くて、優雅さがあること。この文字を見るだけで、気持ちがゆったりする。宗朝体の活字を組み合わせて、「組版」を作る。そして、「装飾花形」を四隅に配して、参加者の名前を縦に入れる。
私の名前(郷好文)のように、3文字だとバランスが必要になる。間隔を調整して「チェース」という金属枠に入れて版を定めるのだが、これも職人技が要求される。印刷機(半世紀を越える年代物)にセットして手押しで印刷、ぐいっと押してできあがりだ。
活字への温故知新は2000年代前半から始まったという。デザイン感度の高い女性たちが、オフセット印刷やデジタルフォントにはない味わいを好んだのが始まりだ。結婚式の席次表や飲食店メニュー、名刺など活字の定番から、レターセット、カード、クラフト紙にまで活版印刷が広がった。しかし、活版印刷は手間がかかるので、価格を安くすることはできない。
「名刺100枚作るのに2〜3万円いただかないと商売になりません」と平工社長。安くすればデジタルに押し出された印刷の二の舞になってしまう。
平工社長は4年前に銀座で開いたイベントで、若い人の活字に対する熱気に触れたことをきっかけに、消費者に目を向けるようになった。その経験から、活字の魅力を伝えるためのワークショップを始めるようになったという。
「活版は“文化”じゃだめなんです」と平工社長は語る。文化にしてしまうと、定型から離れられない。だから、「“発展させる文化”にしたい」と強調する。
ある哲学者は「美術館は美術品の墓場だ」と言ったが、活字もまた「印刷博物館でしか生き延びることができない」状況になっていた。消費者が楽しまないかぎり、文化は消えていく。豆本作家が活字を使い、詩人が活字詩集を出し、デザイナーが活版でコースターや料理レシピ、活字のインゴット・アクセサリーを作ることで“発展させる文化”にできる。
参加者たちの真剣なまなざしが印象的だったワークショップ。特に工学部の学生は「活字を仕事にしたい」と言って参加していた。築地活字の門を叩くそんな学生、今年早くも3人目だという。真剣に語る職人の話を、真剣に聴く彼。「伝えてやろう」「伝えてほしい」、こんな光景は普通の会社ではもはや見られなくなっているかもしれない。伝承という、昔ながらの仕事のにおいがした。
文字体は、その時代の精神を表すと言われる。戦中の大本営文字、戦後のゲバ文字、マンガ文字、デジタル文字。それぞれの文字体がそれぞれの時代の雰囲気を表している。昔ながらの活字の愛好者が増加していることは、大量生産・汎用品の消費志向から、少量生産・手作り志向へ回帰していることを示しているのかもしれない。
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