「活字」のニオイから昭和が蘇る――活字鋳造を体験してみた郷好文の“うふふ”マーケティング(1/2 ページ)

» 2009年04月16日 00時00分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・実行、海外駐在を経て、1999年より2008年9月までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。 2008年10月1日より独立。コンサルタント、エッセイストの顔に加えて、クリエイター支援事業 の『くらしクリエイティブ "utte"(うって)』事業の立ち上げに参画。3つの顔、どれが前輪なのかさえ分からぬまま、三輪車でヨチヨチし始めた。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 「活字」という言葉の語感には“懐かしさ”がある。まだ私が少年だった昭和40年代、町角に小さな印刷屋があった。ガタンゴトンと機械音が響く工場の入口脇に見えたのが古ぼけた木の棚、小さな金属の活字がぎっしりと詰まっていた。奥では眼鏡をずりおろした職人風のおじさんが、活字をつまんで並べていた。小さな私にとってその印刷屋は、仕事の原風景だった。

 それから何十年か経ち、町角の印刷屋はすっかり消えてしまった。しかもIT技術の進歩によって、消費者自身で安価に高品質なデジタル印刷ができるようになった。もはや活版印刷屋は、一都三県で見ても片手で数えるほどしかない。

 しかし今、活版活字への支持が静かに、着実に広がっているという。それはノスタルジーからなのか、温故知新からなのか。理由を知るため、1919年創業の築地活字(神奈川県横浜市)の「活版活字 鋳造見学体験会(参照リンク)」にお邪魔することにした。

棚につまった金属の活字

活字鋳造の面白さ

 築地活字の作業場に足を踏み入れると、活字鋳造機がずらりと並ぶ。どれも昭和40年代の機械である。「においがしますね」と平工(ひらく)希一社長に話しかけると、「インクのにおいですか?」と尋ねられた。それもあるが、そこには「昔ながらの仕事のにおい」があったのだ。鋳造機械、活字棚、前掛けをする職人さんから漂ってくるような独特のにおい。無用な誤解を招きそうなので、「昔ながらの……」は心の内にとどめたが。

 “うふふ”マーケティングでは女性に混じる“お邪魔体験記”を意図的に(?)多くしているが、今回の体験会も参加者6人中4人は若くて美しい感性消費リーダーの女性たち。残りの1人は工学部の学生さんだ。「お邪魔でごめんなさい」と思いつつ、鋳造機械を前に活字職人の大松初行さんの説明に耳を傾ける。

 下の写真の下側にあるのが「母型(ぼけい)」、上側にあるのが「活字」。母型の製造法には「パンチ式」「電胎法」「彫刻法」の3つがあるが、一般の印刷屋で採用しているパンチ式だと、彫りが浅く寿命が短くなる。電胎法や彫刻法だと長持ちするが、コストがかかる。築地活字の耐火金庫には高価な母型25万個が整列しており、使われる時を待っている。

 大松さんが手にするのは活字の材料となる地金(インゴット)。素材は鉛が80%、残りがアンチモン(硬くして活字面を減りにくくする)とスズ(つやを出して高貴に見せる)だ。これを鋳造機で350〜400度に熱すると液状になる。地金を溶かした釜に棒を入れると、素材の比重の違いが手に感じられ、ホホウとうなった。地金を釜から流し出して、水道水で冷やし、凹型の母型に当てると凸型の活字となる。

活字職人の大松初行さん

 体験会は、鋳型に母型をセットして活字を作るところから始まる。参加者1人1人の名前を鋳造してくれるのだが、1文字(私の場合は郷好文の「好」)は自分で鋳型から作る。鋳造機の動くタイミングに合わせてレバーを上げると、活字が次々に生まれた。


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