会場はすっかり聴き入っている。会社を興したあたりから、目頭が熱くなり始めた。妻にかけた苦労などを思い出してしまったからだ。声が震えてきた。
「がんばれ!」。励ましの野次が飛んだが、余計に涙が出てきてしまい、とうとう止まらなくなった。ハンカチで目を押さえながら、話を続けた。
「こんなんで、ぼくはずっと家内にも社員にも苦労をかけています。あるいは回りで応援してくださっている方にも……」
鼻水をすする音がマイクに入り、スピーカーを通じて、会場に響き渡った。もう、とぎれとぎれの話しかできなくなった。用意した内容はなんとか話し終えることができたが、最後の数分はもうむちゃくちゃだった。
なんとか最後のあいさつをしたが、会場は静まり返っていた。講演は失敗だ。自分は何を言われても構わないが、推薦してくれた秋田先生に恥をかかせることになる。どうやってお詫びをしよう。
と思った瞬間。静まり返った会場のあちこちから、嗚咽や鼻をすする音がしはじめた。いや、さっきからずっとこのような状態だった。浩は緊張していて気がつかなかったのだ。
そして、講演が終わったことに気づいた参加者が1人また1人と拍手を始め、あっという間に嵐のような拍手となった。浩の飾らない気持ちが、同じように苦しんでいる経営者たちの心の奥底に響いたのだった。
浩の周囲に名刺交換の列ができた。150人のほとんどが並んだので、長蛇の列となった。1人1人が「がんばりや」「引越する人があったら必ず御社を紹介するわ」「むちゃくちゃ感動しました」などと声をかけてくれた。列がはけるまでに1時間近くかかった。
ようやく控え室に戻ると、ぎっしりと言葉のつまったアンケートが待ち構えていた。半分近くが涙でにじんでいた。宝物をもらったと思った。浩がアンケートに読み入っていると、太いがやさしい声がした。
「ご苦労さんでした。今日はええ話をありがとう」。目を上げると、塾長であり、関西財界の伝説の経営者である宮田和弘がいた。あわてて立ち上がり、緊張でしどろもどろになりながら、浩はあいさつを返した。
「さすが、秋田先生の推薦やわ。久しぶりに感動した。わたしも原点を思い出して、少し泣いてしまったよ」
「ありがとうございます」
「本当はもっと話をしたいとこやけど、それどころやない。実は……」。宮田が告げたのは、秋田の危篤だった。
著者・森川滋之が、あの「吉田和人」のモデルである吉見範一氏と新規開拓営業の決定版と言える営業法を開発しました。3時間で打ち手が分かるYM式クロスSWOT分析と、3週間で手応えがある自分軸マーケティングと、3カ月で成果の出る集客ノウハウをまとめた連続メール講座(無料)をまずお読みください。確信を持って行動し始めたい方のためのセミナーはこちらです。
ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。
奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。
現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。
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