アップルの聴き放題サービス「iTunes Radio」は、音楽制作者を殺すのか(1/4 ページ)

» 2013年06月14日 08時00分 公開
[山崎潤一郎,Business Media 誠]

著者プロフィール:山崎潤一郎(やまさき・じゅんいちろう)

音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。近著に『AmazonのKindleで自分の本を出す方法』(ソフトバンククリエイティブ刊)がある。


 2013年6月10日、米アップルは新しい音楽サービス「iTunes Radio」を発表した。iOS端末のヒットで多くの潜在ユーザーを抱えるアップルによる無料の聴き放題型ストリーミングサービスだけに、今後の音楽業界にどのような影響を及ぼすのだろうか。関係者は、今秋のサービス開始(日本は未定)まで、期待と不安が交錯した日々を過ごすことになるだろう。

聴き放題で収入が減るのでは、という不安

 まず、不安要素について考えてみたい。アーティストを含む音楽制作者が、iTunes Radioのような聴き放題型サービスに対し抱く不安は、ずばり「収入の減少」だ。図を見てほしい。細々とではあるが、筆者の会社で海外向けに配信しているデジタル音楽の売り上げを示している。

音楽配信の売り上げ 単曲ダウンロードの収入は、1曲当たり0.72ドル。一方、無料聴き放題型のストリーミングサービス「Spotify」では、その200分の1の0.0036ドルと悲惨な数字

 「Songs」(単曲ダウンロード)の項目に注目しよう。1万9018曲がダウンロードされ、売り上げは1万3716ドル54セント、1曲当たりの収入は0.72ドル。一方、ストリーミング再生の収入を示す「Streams」の項目を見ると、1万3118回再生され収入が86ドル47セント、1曲当たり約0.0066ドルという計算になる。驚くなかれ、ストリーミング配信から得られる収入は、ダウンロード販売の100分の1以下だ。音楽を作ることを生業としている人間として、この数字に戦慄(せんりつ)を覚えざるを得ない。

 さらに各項目を詳細に見ていこう。この中で無料聴き放題型ストリーミングサービスはSpotifyだけだ。そこでは570回再生され、収益はわずか2ドル5セントなので、1曲当たりの収入は約0.0036ドルと、さらに悲惨な状況になる。図らずも、単曲ダウンロードの200分の1というキリの良い数字に「ぴったり200分の1じゃん!」と絶望を通り越して笑いすら覚えてしまう。「え〜い、持ってけドロボー! おいらの作った音楽を(ほぼ)タダでくれてやるわい」といった心境だ。

 思い返せば、無料の聴き放題型ストリーミングの代表格ともいえるSpotifyが米国に進出し、世界展開を開始した2011年ごろから、一部のメジャーなバンドやレーベルがSpotifyとは距離を置く戦略をとりはじめた、といったニュースを耳にするようになった。理由は単純で「もうからないから」だ。いやそれどころか、カニバリズム(シェアの食い合い)でCDやダウンロード配信の収入をも奪い取るという意見も多かった。同じく米国で人気を得ていた同様のサービスPandora Internet Radio(以下Pandora)に対しても楽曲を提供しないと宣言するアーティストやレーベルもあった。いや、いまだに多くいる。

 そんな彼らが200分の1という数字に直面したのかどうかは分からないが、無料聴き放題から得られる収入の少なさに驚愕(きょうがく)し、危機感を抱いたことは確かだろう。

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