先月の当欄で、私は大手紙・通信社やテレビ各社が全く別人の写真を凶悪事件の被告として報じてきたことに触れた(関連記事)。詳しい内容は当該記事に譲るが、記者のイロハであるウラ取り、あるいは人物特定の確認作業の怠慢が引き起こした極めて恥ずかしい事象だ。
さて、今回触れる『風化と闘う記者たち』の中には、こんな項目がある。
反響呼んだ避難者名簿/避難所ごとに五万人分
昨年の大震災発生直後、岩手県沿岸のライフラインはことごとく破壊された。当然のことながら通信機能も大きなダメージを受けた。
大津波から逃れた住民たちは避難所に入り、その際自分や家族が無事であることをメモ書きし、公民館や体育館の入口に掲示した。あるいは、自らの生存を取材に来た岩手日報の記者に伝え、別の地に暮らす家族や親戚縁者に報せてくれるよう託したのだ。
沿岸地域から岩手日報の本社がある盛岡市までは100キロ以上の距離がある。『風化と闘う記者たち』によれば、通信機能がまひする中、記者たちはデジカメで掲示板に張られたメモを撮影した。あるいは、避難所で一人ひとりに聴き取りを行った。こうして得たデータを盛岡まで運んだのだ。
文字通り足で稼いだ情報を、岩手日報は「避難者の名簿」という形で紙面に反映させた。その数は約5万人分、掲載は22日間に渡ったという。
私自身、通信社時代に航空機事故やテロ被害者の名簿作りに携わった経験を持つ。人名は間違いが許されないだけに、本人や家族、遺族への確認を通じ、気を使いながら、長い時間を要する根気のいる作業だ。2〜3日の作業で、憔悴(しょうすい)し切った記憶がある。
昨年の大震災後の混乱の中、通信状態が途絶えた中での5万人分のデータである。報道業界に身を置いた人間からすると、想像を絶する作業だと言っても過言ではない。
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