ノーベル賞の陰で広がる、“向ける取材”とは相場英雄の時事日想(1/3 ページ)

» 2012年10月18日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、『震える牛』(小学館)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 先週、日本のメディア界はノーベル賞の話題でにぎわった。iPS細胞研究の山中伸弥京都大学教授が生理学・医学賞を受賞したあと、文学賞の有力候補とされていた村上春樹氏への受賞期待が高まったためだ。残念ながら村上氏の受賞はなかったが、メディア各社は受賞時の“お祭り”に備え、準備を進めた。この間、いくつか首を傾げるような話に接したので取り上げる。

「向けるな」

 本題に入る前に、傑作ミステリーの一部を引用する。

 志木は伊予を睨んだ。

 「まさか、向けて調べろって言うんですか」

 「向ける? なんだそれは?」

 お前はこうしたんだ。取調官のほうから具体的な話を断定的に「向けて」、はい、そうしましたと警察の台本通り被疑者に供述させる。取調官として最も恥ずべき行為だ。

横山秀夫氏の代表先のひとつ、『半落ち』(講談社文庫)

 このシーンは、横山秀夫氏の代表作の1つ、『半落ち』(講談社文庫)に登場する。頑に供述を拒む被疑者に対し、禁じ手を使ってでも自供させろと上層部から迫られる刑事を描いた。

 今から17年前、通信社の駆け出し記者だった私も「向ける」という言葉に出会った。重要経済指標が発表された直後、私は大手銀行のエコノミストに電話をかけた。いわゆる識者コメントをもらうためだ。

 当該の統計は市場の事前予想よりかなり弱めの結果となった。私はエコノミストに対し、「景気が減速しかけていますね」と話を振り、電話インタビューを始めた。

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