烏賀陽氏は何度も村を訪れ、そして村から無理矢理引き離された住民とも接触している。本書の中で、その一部が綴られている。
以下の引用は、彼が村で農家民宿を営んでいた佐野さんというご婦人を福島市内の仮設住宅に訪ねた際のやりとりだ。
『私はお土産のつもりで持参した村の写真のプリントを何枚か手渡した。真っ赤な紅葉や黄色いイチョウの木が写っていた。写真を手にした瞬間、それまで快活に笑っていた佐野さんがぷっつりとしゃべらなくなった。「きれいだねえ」 声が少し震えていた。しまった、と私は思った。これは子供を亡くした母親に子供の写真を見せるようなものではないか。「こんなきれいなところだから、帰りたいのよ」「帰りたいのよ」。もう一度、佐野さんはひとりごちた。
〜中略〜 仮設の窓に明かりがともっていた。明かりのなか、軒下に、大根がぶら下がっていた。「しみ大根」と村人がいう干し大根だった。別の家は、干し柿をつるしていた。植木鉢でハクサイを育てていた。それは飯舘村の暮らしだった。みんな村の暮らしを少しでも守ろうとしていた。それはまるで「抵抗」のように思えた。』
本作中のルポ、そしてキャプションは、烏賀陽氏の通常の筆致とは違い、あえて抑制されたものだ。
それだけに、写真の持つ力が際立ち、事態の異様さ、異常さを訴えかける。政府の無策のために、美しい村を追われた住民たちの気持ちの一端を理解するために、ぜひ手に取ってほしい一冊だ。
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