行動経済学は社会を変えられるか?――イグノーベル賞教授ダン・アリエリー氏に聞く(1/4 ページ)

» 2011年12月14日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

 伝統的な経済学のように合理的な経済人を想定せず、実際の人間による実験やその観察を重視し、人間がどのように選択・行動し、その結果どうなるかを究明することを目的とする行動経済学。

 その第一人者として知られるのが、『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』『不合理だからすべてがうまくいく―行動経済学で「人を動かす」』などの著作があるデューク大学のダン・アリエリー教授だ。

 同氏は高価な偽薬(プラセボ)は安価な偽薬よりも効力が高いとを示したことから、2008年にイグノーベル賞※医学賞を受賞。「我々は本当に自分で決めているのか?」と題して2009年にTEDで行った講演は非常に話題となり、公式サイトでの再生数は80万回を超えている。

※イグノーベル賞……ノーベル賞のパロディで、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して賞が与えられる。

 行動経済学にはどのような可能性があるのか、学会への参加のため来日した同氏に尋ねた。

ダン・アリエリー氏

不合理にはすばらしい側面も

――行動経済学をどのように定義していますか。

ダン・アリエリー 伝統的な経済学では、人々は合理的、理性的な判断のもとに動くことを前提としています。しかし、行動経済学ではそういう前提を持ちません。人々をさまざまなシチュエーションに置いて、どのように行動するかというのを実験しています。

 実際に実験してみると、「人々は不合理な判断や動きをすることが多い」と分かってきました。「なぜそういう動きをするのか」を探って、ビジネスや政治、個人的な活動の向上のために生かすのが行動経済学です。

――不合理な行動をとる原因には、どのようなものが考えられますか。

ダン 理由はたくさんありますが、その1つとして「私たち人間は必ずしも、長期的な未来を考えて動くようにデザインされていない」ということがあります。

 例えば、人は食べ過ぎたり、あまりお金を貯めなかったり、エクササイズをしなかったりと、長い目で見るとあまり良くないことを簡単に行いがちです。企業でも同じで、目先の利益に追われるばかりに経済危機を起こすといった不合理な動きも発生しています。脳も正確さより、早く決断することを優先する仕組みになっているので、不合理な判断をすることがよくあるのです。

 ただ、不合理には悪い不合理がある一方、良い不合理もあります。

 例えば、人は絶対につかまらずにモノを盗める状況でも盗まないことがあります。また、助けを求められた人が特にメリットがなくても助けることがあります。そして、物乞いに「お金をください」と言われて、まったく得をしないのにお金をあげることもあります。

 伝統的な経済学では、こうしたシチュエーションで人々はモノを盗むし、人を助けないし、お金をあげないと想定しています。ただ実際は、そうならないことが多いです。

 伝統的な経済学が想定するような合理的な世界があったとしても、誰もそんな世界に住みたくないのではないでしょうか。むしろ、モノを盗まないし、人を助けるし、お金をあげるような世界があったら、そっちの方がいい世界ですよね。だとすれば、不合理というのはすばらしいことではないでしょうか。

――不合理な行動は錯覚で行われるのか、それとも何らかの合理性があるから行われるのでしょうか?

ダン 不合理な行動の理由にはもちろん錯覚もありますが、他者を気にかけるところから行われることもあります。人々は必ずしも最適でない動きをしているので、それをいかに最適化するかということに私は興味があります。

これまでの経験から学んだのは、値の張るメイン料理をメニューに載せると、たとえそれを注文する人がいなくても、レストラン全体の収入が増えるということだ。なぜだろう? たいていの人は、メニューのなかでいちばん高い料理は注文しなくても、つぎに高い料理なら注文するからだ(『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』第1章から)

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