球場経営、リーグビジネス……楽天が変えたプロ野球の仕組みとは(1/6 ページ)

» 2011年09月16日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

 高度経済成長期には子どもの好きなものとして「巨人、大鵬、玉子焼き」とも言われたように、戦後の日本とともに拡大してきたプロ野球。シーズン中は毎日ゴールデンタイムに試合が放送され、お茶の間の娯楽となり、学校や職場で話題となることも多かった。

 しかし今、時代は変わり、人気の低下から地上波放送があまり行われなくなるなど、プロ野球業界は変化にさらされている。

 こうした状況下、大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併問題を経て、2005年に新規参入したのが楽天野球団が運営する東北楽天ゴールデンイーグルスだ。当初は戦力不足からリーグ最下位が続いたが、5年目の2009年にはリーグ2位となりクライマックスシリーズ第2ステージまで進出した。

 そしてシーズン成績だけではなく、ビジネスにおいても、参入当時パリーグ球団が平均毎年40億円の赤字を出していた中、楽天野球団は初年度の売り上げは73億円、そして1500万円の営業利益を計上し、業界関係者を驚かせた。

 楽天はプロ野球業界の何を変えたのか、また今の日本のプロ野球にはどんな課題があるのか。早稲田大学スポーツ科学部の平田竹男教授を司会に、東北楽天ゴールデンイーグルスのオーナー代行として参入時から指揮をとってきた井上智治氏が語った。

※この記事は7月29日に行われた早稲田大学スポーツ産業研究所の大久保建男スポーツジャーナリズム基金公開フォーラム「ビジネスとしてのプロ野球」をまとめたものです。
東北楽天ゴールデンイーグルスの井上智治オーナー代行

プロ野球業界を変えていこう

井上 私は今、東北楽天ゴールデンイーグルスのオーナー代行や日本野球機構(NPB)の副会長、パシフィック野球連盟の理事長を務めていますが、井上ビジネスコンサルタンツというコンサルティング会社が本業です。

 プロ野球の世界には、平田竹男先生に引き込まれてしまいました。平田先生は経済産業省におられた後、日本サッカー協会の専務理事をされて、そして早稲田大学の教授としてスポーツビジネスについて後援されるようになりました。平田先生との縁で、私は日本サッカー協会の仕事や楽天のプロ野球進出をお手伝いしました。

 プロ野球進出を手伝うに当たっては、楽天野球団オーナー(当時)の三木谷浩史さんと「楽天としてプロ野球に進出するからには、プロ野球業界を変えていこう。もっと日本のプロ野球業界が自立できるように頑張ってみようじゃないか」という志を持って参入しました。

 井上ビジネスコンサルタンツは、基本的にM&Aのアドバイザリーを業務としています。タカラとトミーを合併させたり、楽天にDLJディレクトSFG証券(現在の楽天証券)を買収するようにアドバイスしたりしました。企業買収や業務拡張のためのいろんな企画を立てて、最終的には失敗しましたが、ディレクTVという衛星放送事業を立ち上げた時には、どういう戦略を描けばいいか、許認可をどうとればいいか、事業計画をどう作成するかといったことをCCCなどの企業と一緒に考えました。

 ディレクTVの事業の中で、当時日本興業銀行のM&Aチームにいた三木谷さんがCCCのアドバイザーとして出てきて知り合いました。そこでCCCの増田宗昭社長と私が、三木谷さんに「独立しろよ」とそそのかして、三木谷さんが独立したという経緯です。

 三木谷さんが楽天を立ち上げた時期、楽天市場ができる前からアドバイザーをしているので、楽天がどのように大きくなってきたかというのを自分たちなりに体験しています。日々、「楽天が次にどういう事業に進むべきか」ということを首脳陣と話し、「ネット証券をやった方がいい」「いや、今の時期はプロ野球に参入した方がいい」といった提案をしています。

ネーミングライツとしてパリーグ球団

井上 楽天のプロ野球についての戦略は、パリーグのビジネスモデルを踏襲しつつ、新しいビジネスモデルを追加しています。楽天は2004年にプロ野球に参入決定しましたが、2004年以前は楽天は当時の堀江貴文さん(ライブドア)とそんなに違いがあると、世間から見られていませんでした。しかし、実質的な内容については大きな違いがあると、私たちは考えていました。

 その時、楽天はネットビジネスの世界では有名だったのですが、リアルビジネス――普通のサラリーマンやおじさん、おばさんの間で楽天という名前はまったく浸透していませんでした。そういう意味で、楽天が例えばクレジットカードを発行するとか、リアルビジネスに進出する時に備えて、楽天の名前を全国規模で広告宣伝しなければいけないという目的があって、プロ野球への進出を決めたのです。

 事業という側面で見ると、パリーグの球団はそれぞれ毎年平均40億円の赤字が出ていました。しかし、オリックスや日本ハムなどのパリーグ球団は、その40億円の赤字を広告宣伝費ととらえていました。日本ハムやオリックスという名前が毎日テレビや新聞などいろんなメディアに露出する対価として、「40億円の赤字はやむを得ない」と考えていたのです。

 これは当然、ありうる考え方だったんです。楽天でも、楽天野球団を持っていることによる広告宣伝効果は数百億円にのぼると試算しています。そういう意味で数百億円の広告宣伝効果を40億円の赤字で獲得することができる、すなわち球団が親会社に対して40億円のネーミングライツを売って赤字補てんをするという形で、パリーグは成立していたということです。

 楽天が進出した時、パリーグ球団は年間平均40億円の赤字だったので、プロ野球業界の人は「楽天は新規参入するわけだから、60〜80億円の赤字に絶対なるよ」と思っていたわけです。ただ、私たちは参入時の審査で、初年度の赤字を20億円にした事業計画を立てました。

 「20億円の赤字です」と言ったら、プロ野球業界の人たちがみんな笑うわけです。「オリックスも日本ハムも近鉄も40億円を超える赤字なのに、新しく入ってきて何で20億円の赤字で済むんだ。井上さん、何か面白いことを言っているね」みたいな話になったんです。

 ところが参入初年度の2005年、結果的に楽天野球団として黒字化したわけです。すると、パリーグのオーナーたちは激怒し、ある意味で非常に驚きました。「うちの球団はずっと40億円の赤字なのに、なぜ楽天は入ってきてすぐに黒字になるんだ」と。これは誰が考えても変な話ですから。

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