“給料泥棒”のコストを計算してみた吉田典史の時事日想(1/3 ページ)

» 2011年07月08日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)、『いますぐ「さすが」と言いなさい!』(ビジネス社)など。ブログ「吉田典史の編集部」、Twitterアカウント:@katigumi


 「お前は、給料泥棒!」

 「それは、どういう意味ですか?」

 「給料分も働いていない。恥じらいもなく、毎月、給料をよくもらえるよな」

 「その言葉を撤回してください……」

 「会社は、君の給与の倍近くを支払っている」

 「ええ!?」

 8年ほど前にこんなやりとりを職場で聞いた。まだ、会社員だったころだ。“給料泥棒”とののしるのが、当時40代後半の部長。反論するのは、30代前半の男性社員。この後、2人が口論になっていく。

 会社を離れ、6年が過ぎようとしている。この間にも中小企業やベンチャー企業の経営者から「うちには “給料泥棒”がいる」と聞いた。どうやら、期待に応えられない社員のことを指しているようだ。私は、この言葉の正しい意味が今も分からない。

会社員が知らない、給与の仕組み

 そこで今回は “給料泥棒”という言葉について考えてみたい。多くの中小企業経営者と接する税理士の野田美和子さんと、社会保険労務士の杉山秀文さんに聞いてみた。

 野田さんは、税理士として独立する前に会社員をしていた。そのころに“給料泥棒”に近い意味合いの言葉を聞いたことがあるという。「その意味するものがあいまいで、私にも分からなかった。売り上げが伸び悩む時に経営者が口にすることがあるのではないか」

 「中小企業の経営者はこういう言葉を発しやすい環境にいる」と指摘する。「業績が悪くとも、毎月の給与(基本給)を減額にすることは難しい。正社員を解雇にすることは法的な要件を満たさないとなかなかできない。だから、経営者は仕事ができない社員を見ると、つい感情的になり、口にしてしまうのだと思う」

 では、「給料分働く」ということはどういうことなのか。そこで今度は、毎月支払われる給与の仕組みについて尋ねた。

 野田さんは、2つのデータを作ってくれた。このデータは、1人の社員の毎月の給与の内わけを表したものである。次の条件を踏まえて算出した。

  • 独身(扶養家族はいない)
  • 40歳未満(介護保険料の負担はなし)
  • 東京都内の中小企業に勤務し、その会社は「協会けんぽ」に加入。
  • 社員が従事する仕事は、雇用保険料率の適用にあたり「一般の事業」に該当、労災保険料率の適用にあたり「その他の事業のその他の各種事業」に該当
  • 住民税の天引きなし、通勤手当なし

 「協会けんぽ」は中小企業などで働く社員やその家族は政府管掌健康保険に入る場合が多いが、この健康保険の愛称のことである。

 年収が額面400万円の場合(→月収33万3333円となる)

  • 給料額面……33万3333円
  • 源泉所得税……△7760円
  • 健康保険料……△1万6116円
  • 年金保険料……△2万7299円
  • 雇用保険料……△2000円
  • 給料手取り額……28万158円(従業員に支払い)

 上記のケースの税金、社会保険料支払額

  • 源泉所得税……7760円(100%従業員負担分。会社が納付代行)
  • 健康保険料……3万2232円(うち50%部分の1万6116円は従業員負担分。従業員負担分と会社負担分を会社が合わせて納付)
  • 年金保険料……5万4597円(うち50%部分の2万7299円は従業員負担分。従業員負担分と会社負担分を会社が合わせて納付)
  • 児童手当拠出金……442円(100%会社負担額)
  • 雇用保険料……5167円(うち2000円は従業員負担分。従業員負担分と会社負担分を会社が合わせて納付)
  • 労災保険料……1000円(100%会社負担額)
  • 支払額合計……9万3438円

会社負担額合計……37万3596円(毎月)→×12カ月=448万3152円(年間)

※扶養0人、40歳未満(介護保険料の負担なし)、東京都、協会けんぽに加入、通勤手当はないものとして計算。雇用保険料率適用にあたっては一般の事業に該当。労災保険料率適用にあたってはその他の事業のその他の各種事業に該当。

 データのケースは、年収が額面で400万円の社員だ。この場合、毎月の平均給与は額面で33万3333円となる。ここから、所得税や社会保険料(健康保険や年金、雇用保険)が差し引かれて、社員に支払われるのは28万158円。これがいわゆる「手取り額」と言われるものだ。

 給与から天引きされる源泉所得税や社会保険料(健康保険や年金、雇用保険)の額は、社員が負担すべき金額である。この社員が負担すべき金額と社会保険料の会社負担分を合わせて会社が納付をしている。

 私が会社員に給与のことを聞くと、ほぼすべての人が手取り額は心得ている。そして、給与の額面総額から社会保険料などが控除されているという仕組みも理解している。しかし、社会保険料は従業員だけが負担しているのではなく、会社負担分が別途あることを理解していない人は多い。ましてやその額まで把握している人は、ほとんどいない。

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