「どうか、加害者にはならないで」――。殺された側の声を聞く吉田典史の時事日想(1/4 ページ)

» 2010年10月01日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)、『いますぐ「さすが」と言いなさい!』(ビジネス社)など。ブログ「吉田典史の編集部」、Twitterアカウント:@katigumi


 ここ数か月の間に、多くのメディアが死刑制度について報じた。死刑廃止の立場をとる新聞社や「人権派」といわれる弁護士、学者、ジャーナリストたちが盛んに死刑廃止を求める言論を展開した。

 わたしは、それらを見聞きして疑問を感じた。ある弁護士の話が印象的だった。「平和な時代に、人を殺す設備(=死刑場)があることを知ると、多くの国民はおののく」。確かにあの死刑場を見ると、目をそむけたくなる。

 しかし、その死刑囚がどのような犯罪を行ったのかといったことについて彼らは口にしない。そこには、被害者やその家族、遺族の声がないのだ。これではおよそ公平とはいえない。そこで今回の時事日想は「全国犯罪被害者の会 あすの会」の副代表幹事の松村恒夫氏(68歳)に取材を試みた。

月日が経っても、忘れることはない

「全国犯罪被害者の会 あすの会」の松村恒夫副代表幹事

 松村氏は、千葉景子前法務大臣が推し進めた死刑場の公開について(参照記事)、落ち着いた口調で切り出した。「国民が死刑場の様子を知り、死刑がどのように行われているのかを知ることはいいことかもしれない。しかし一連の報道を見ると、“はじめに死刑廃止ありき”といった考えで進めたようにしか思えない。そもそも、殺された側のわたしたちの言い分にすら耳を傾けようとしなかった」

 そして、こう続ける。「殺された人たちの中には、殴られて顔をくだかれたり、通り魔などにいきなり刃物で刺された人もいる。さぞかし無念だったはず。一方で、殺した側の死刑囚には十分な時間が与えられ、死を受け入れる準備ができる。これでも『死刑囚がかわいそう』などと言えるのだろうか」

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