本当に転職に有利なのか? 日本の社会人大学院事情山崎元の時事日想(1/2 ページ)

» 2009年03月19日 07時00分 公開
[山崎元,Business Media 誠]

著者プロフィール:山崎元

経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員、1958年生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事入社。以後、12回の転職(野村投信、住友生命、住友信託、シュローダー投信、バーラ、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一證券、DKA、UFJ総研)を経験。2005年から楽天証券経済研究所客員研究員。ファンドマネジャー、コンサルタントなどの経験を踏まえた資産運用分野が専門。雑誌やWebサイトで多数連載を執筆し、テレビのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『会社は2年で辞めていい』(幻冬舎)、『「投資バカ」につける薬』(講談社)、『エコノミック恋愛術』など多数。ブログ:「王様の耳はロバの耳!


 不景気になると、MBA(Master of Business Administration)講座の申し込みは増えるのか、減るのか。米国の経験では、明らかに増えるらしい。好条件の仕事が得にくくなるので、経済学用語でいうところの「機会費用」(その行動を選択することで失われ、ほかの選択肢を選んでいたら得られたであろう利益のこと)が下がり、MBAの申し込みが増えるのだという。

 確かに企業派遣の留学生などの場合でも、主たる問題は、MBAコースの2年間、準備期間も含めると3年間、仕事から離れることが問題だった。機会費用はかなり大きかった。筆者の世代でも(現在よりも海外MBAにはありがたみがあった)、若い社員ならいざ知らず、30歳前後の世代のエース級の人材を留学に出すのは「もったいない」という感覚だったと記憶している。

 一方、企業の側では、若い社員を海外MBA留学に出すと帰国後にすぐ転職してしまうケースが多いのが問題だった。正確な統計を取ったわけではないが、筆者が在籍していた会社(総合商社)でも、海外に派遣したMBA留学生が帰国後に転職してしまうケースが目立った(印象としては「過半数」だ)。転職する人が多かった背景として、外資系のコンサルティング会社(MBA人脈で知り合いがいる)などから、まずまず好条件のオファーがあること。もう1つには、大組織の一員に戻ってもMBAコースで学んだ知識が生かせるような状況ではないことが理由だったようだ。コンサルティング会社の場合は、MBA取得が必須に近いので、既にMBAを持っていることはキャリア形成上も有利だし、採用側でも便利だ。

 商社の場合、最近は若くして投資先の会社の経営を任されるような、MBAホルダーにとってやる気の出るような状況が増えつつはあるようだが、会社派遣留学生を社内にとどめられているのだろうか。ここのところ、金融関係にいい転職機会が少なくなったが、相対的にコンサルティング会社の人気は上がっている。また、MBAホルダーで成功している起業家経営者が何人も出ているので、やはり退職者はそれなりに多いかもしれない。

MBAの取得は転職に有利なのか?

 このような事情もあって、いったん就職してから、会社の費用(と時間)でMBAを取ることは、誰でもできるわけではない。ここで有力な代替案として登場したのが、国内の大学が開設した、主に平日の夜間に授業を行う社会人向けの大学院だ。大学の商売の都合もある。少子化で学部の受験者が減っており、多くの大学が、かつてよりも大学院を拡充しようとしている。

 社会人向けの大学院の多くは、大企業のビジネスパーソンなら何とか自費で支払いが可能な程度に授業料を設定し、平日の夜と土日(主に土曜日)の授業で単位を取ることができるようなカリキュラムを組んでいる。企業派遣でなくても、会社の仕事と両立させながら、自費で修士あるいはMBA(要は経営学の修士)を取ることが可能になった。

 こうした大学院の1つで、筆者は、数年間、非常勤講師として「金融資産運用論」という講義をしてきたが、参加者の半分くらいは金融関係の実務家だった。ただ、授業の後(夜だ)などに、大学院を終えてどうするつもりなのかと聞くと、大学院で学んだことを、現在の仕事なり、転職なりに具体的に生かすという計画を持っている人は少なかった。多くの学生は、大学院を出てもどのような効果があるか分からないが、一応、勉強には興味があるので続けている、ということだった。

 金融を主な縄張りとするヘッドハンターに聞いてみても、MBAを持っているからといって転職が有利になることは「ほぼ、ない」という。「30代前半くらいまでで、誰でも名前を知っているような米国の大学のMBAならともかく、それ以外のMBAでは、『まあ英会話はできるだろう』というくらいの評価にしかなりません」とのことだった。日本の社会人大学院の場合、実務の最前線から外れている人なのではないかとの印象もあるので、必ずしも歓迎されないともいう。サブプライムローン問題が起こる前の、まだ転職市場が活発だったころに聞いた話だが、なかなか手厳しい。

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